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↑ 手塚治虫(1928-1989)


11月3日は『漫画の神様』手塚治虫の誕生日です。手塚は決して絵がうまい訳
ではなかったのですが「子供だまし」ではない、本格的なストーリー構成と
思想を持った作品を数多く世に送り出し、その後の多くの漫画家に強い影響を
与えました。日本に今日のような漫画文化が成立し、大人が読んでも面白い
作品が多数あるのは、ひとえに手塚の功績ということができるでしょう。

手塚治虫(本名治)は1928年11月3日、大阪府豊中町(現豊中市)で生まれました。
少年時代に田河水泡の「のらくろ」などを愛読、海野十三の小説にも夢中に
なります。小学校時代に既に漫画を描いてガリ版刷りで印刷して配布したり
していたようです。彼のレギュラーキャラである「ヒゲオヤジ」が登場する
漫画も中学時代に描いていました。

1946年彼のメジャーデビュー作となる「マアチャンの日記帳」が少国民新聞
(後の毎日小学生新聞)に連載されました。1950年には「漫画少年」に「ジャ
ングル大帝」が連載、そして1953年に有名なトキワ荘に住むようになります。
ここには後に、赤塚不二夫・藤子不二雄(二人とも)・石ノ森章太郎らが入っ
てきて、一大若手漫画家拠点になりました。

1955年には「リボンの騎士」がラジオで連続ドラマとして放送され1957年に
は「鉄腕アトム」の紙芝居版のテレビ放送が始まります(アニメ版は1963年)。
1965年には更に「W3(ワンダースリー)」「ジャングル大帝」のアニメも放送
開始されるのですが、このあたりから色々ともめ事も起きてきます。

このW3に関しては最初「少年マガジン」に連載され始めたのですが3回目ま
でいったところで、ファンの方ならご存じのトラブルがあり「少年サンデー」
に移動してしまいました。そのためW3の単行本には長らく最初の3回が収録
されていませんでした。(手塚治虫全集でやっと収録された)

この時期にはファンクラブ組織に関するトラブル、テレビ放映に関するトラ
ブルなどが集中しています。

その嫌な空気を払いのけるように1971年には「不思議なメルモ」をテレビ
放映しますが、ここ数年の無理がたたって1973年に虫プロ倒産の事態に至り
ます。

しかしそれでも手塚は不死鳥のように蘇ります。新たな境地を切り開く漫画
「ブラックジャック」を少年チャンピオンに読み切りで掲載した所思いがけ
ない反響を呼び、これが連載に切り替わります。この作品は第4回日本漫画家
協会賞特別優秀賞を受賞しました。そしてこのような劇画路線の上に鬼作
「アドルフに告ぐ」なども生まれました。この作品を書いている時は手塚は
途中で体調を崩して入院したりしています。

手塚は最後まで現役の漫画家でありつづけましたが1988年3月腹部の痛みを
訴えて入院、2度の手術をして一時期は退院もしたのですが、1989年2月9日
胃癌の為死去しました。享年60歳。それは彼が遺した膨大な作品(約700点)
に比べると極めて短い人生でした。

■ジャングル大帝
 人間社会で育てられた白ライオンの子レオがジャングルに戻り、やがて
 森の王者になるまでを描く。「ジャングルブック」「バンビ」などに
 刺激を受けて制作された作品で、レオは後に西武ライオンズのシンボル
 に採用された。ディズニーが後に「ライオンキング」を発表した時に
 ジャングル大帝に酷似しているとしてファンが抗議をしたのは有名。

■鉄腕アトム
 人類の文明の行く末を問いかける問題作である。このテーマはトキワ荘
 の後輩・石ノ森章太郎にも引き継がれ、石ノ森は「サイボーグ009」
 「キカイダー」「仮面ライダー」といった一連の作品で社会に問い続け
 た。ただしテレビでの鉄腕アトムはごく単純な勧善懲悪の物語に仕上げ
 られている。その脚本を書いていたのは辻真先(現推理作家−彼も思想
 的に手塚の後継者の一人である)らである。

 テレビでは最初紙芝居版、ついで実写版が制作され、その後アニメ版が
 生まれた。このアニメは国産初のアニメである。また後に改変されて
 「ジェッターマルス」というタイトルでも放送されたが往事の鉄腕アトム
 ほどの人気は盛り上がらなかった。なおアトムはサンケイ・アトムズ
 (現ヤクルト・スウァローズ)のシンボルマークに使用されていた。
 
 私はこの実写版は知らないのだが、今のようなブルーバック撮影のような
 技術がなかった時代で、アトムが空を飛ぶシーンはアトムを演じている子役
 をビルの上からピアノ線で吊って撮影する、などという、とってもコワイ
 撮影の仕方をしたらしい。

■リボンの騎士
 これは多数のバージョンがあり、その中のふたつのバージョンが手塚治虫
 全集に収録されている。シルバーランドの王女(王子)サファイアは天使の
 いたづらのために本来の女の子の心の他に男の子の心も持って生まれて
 きた。男子にしか王位継承権がないため昼間は王子として振る舞うが、
 プライベートな時間の中では娘の姿に戻り「亜麻色の髪の乙女」として
 隣国の王子フランツに恋される。王位を狙う大臣の子プラスチック、
 命を懸けて彼女を救う海賊ブラッド、彼女に嫉妬する女神ヴィーナスまで
 入り乱れて、話はもつれにもつれていく。

 サファイアの「リボンの騎士」としての勇姿は戦後間もない時期にこれか
 ら自立していこうとする女性たちの間で一種の手本とされた。

■マグマ大使
 地球を征服しようとするゴアに対決するためアースはマグマと妻のモル、
 そして息子のガムという三体のロボットを作った。村上まもる少年が笛を
 1つ吹くとガムが2つ吹くとモルが3つ吹くとマグマがやってくる。ゴア
 は人間社会を密かに侵略するため、人間モドキという生物を連れてきて
 人間に擬態させ、社会のVIPクラスをどんどん入れ替えていく。
 
 原作はかなり残酷であるが、テレビで放映された実写版ではさすがに
 ソフトに改変されていた。

■バンパイヤ
 バンパイヤというのは本来吸血鬼の意味だが手塚は動物に変身する人間、
 狼男の部類として使っている。そのバンパイヤの一族の少年トッペイが
 虫プロに入社するところから始まり、彼等一族を利用しようとする少年
 ロックの陰謀に手塚自身が巻き込まれていき、ついに手塚は秋吉台で
 ロックたちにより殺害されてしまう!!

 今ではとても放送できないような用語がポンポン飛び出す作品であるが
 未完に終わった異色作。連載当時私が一番強い衝撃を受けた作品でもある。
 シェイクスピアのマクベスに出てくる予言をする魔女のモチーフが使用
 されている。もっともシェイクスピアはこれをギリシャ悲劇「メデイア」
 から借用したのであるが。

■W3(ワンダースリー)
 SFスパイアクションである。地球を調査し野蛮な星であれば破壊する
 よう命じられた調査員ボッコ・ブッコ・ノッコはうさぎ・カモ・馬の姿
 に変身して地球に潜入した。彼等が出会った少年・星真一の兄の光一は
 実は凄腕の情報部員で、ここから世界的な陰謀と地球の運命をかけた
 大騒動が始まる。三人の調査員が乗った円盤形のUFOがタイヤのよう
 に転がって走っていくシーンがアニメでは見せ場であった。原作は
 タイムマシンのパラドックスを非常にうまく使った名作である。

■ふしぎなメルモ
 交通事故で急死した母親が遺された幼い娘メルモのために赤いキャンディー
 と青いキャンディーを神様からもらってきてあげた。このキャンディに
 よりメルモは大人になったり赤ちゃんになったりして、色々な騒動を
 乗り切っていく。性教育アニメとして制作された話題作。

 なお、この作品の脚本に名前を連ねている松本守正とは実は辻真先である。
 この番組は「サザエさん」と同じ時間帯に放映されていたため、そちらの
 脚本家として名の通っている辻はこちらは別のペンネームを使ったので
 あった。

■ブラックジャック
 闇の天才外科医ブラックジャックの活躍を描く長編。ブラックジャックは
 正体不明で物凄い芸術的な手術の腕を持っているが正規の医師の免許を
 持っていないという想定である。そして手術をした患者からは治療費と
 して超高額のお金を取っていく。
 
 加山雄三主演など実写で何度かテレビ放映されているほか劇場版アニメ
 なども制作された。なお登場人物でブラックジャックと一緒に暮らしてい
 るピノコという少女は、ブラックジャックが男性患者の人面瘡の中から
 取り出した一卵性双生児のなりそこないの子供の部品を組み立てて作った
 人造人間である。ピノコが話す特殊な言葉はファンの間では「ピノコ語」
 と呼ばれ、普通の文章をピノコ語に変換するソフトまで存在する。

 手塚治虫は漫画家として仕事をしながら、当時はとても漫画では食って
 いけなかったため、医学の勉強をし正規の医師の資格を取っている。
 その手塚が自分自身の思い描く理想の医師の姿というものをブラック・
 ジャックに投影したのではないか、と論する人は言う。

■アドルフに告ぐ
 同じアドルフという名前を持った3人の男の生き様を描く。国粋主義者の
 アドルフ・カウフマン、ユダヤ人のアドルフ・カミル、そしてアドルフ・
 ヒットラーであった。偶然彼等に関わった峠草平はアドルフ・ヒットラー
 が持つ驚愕の秘密を知ることになる。その秘密を記した文書を巡って多く
 のスパイが入り乱れるが、事態はやがてどうにもならない悲劇へと突き
 進んでいく。

 本来極めて後味の悪い筈の結末であるのに、ラストシーンを見た時の感じ
 は単に心が凍ってしまったかのようであった。何とでも評することはできる
 であろうが、そのどのような批評も的外れになってしまうかも知れない、
 或いは原理的に論評不能かも知れない鬼作。



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