人物-日本現代

このページは、日本の太平洋戦争が終わってから以降、現代(概ね1945以降)に活躍した人物についての情報を集めます。


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井上忠夫(1941-2000)
土光敏夫(1896-1988)
野呂邦暢(1937-1980)


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↑ 星野哲郎(1925-)
作詞家の星野哲郎(本名有近哲郎)は1925年9月30日、山口県大島郡森野村
(現・周防大島町)の和佐で生まれました。周防大島の中央よりやや東側の
集落です。

地元の小学校・中学校を経て、船員になるため清水の高等商船学校(*1)に入学。
卒業後、日魯漁業(後のニチロ)に入り、トロール船に乗船しますが、身体を
壊して退職。腎臓摘出手術まで受けて4年間も闘病生活をしました。

(*1)高等商船学校というのはエリート船員の養成機関で東京、神戸、清水の
3ヶ所にありました。清水校は1943年に創立された最も新しい商船学校です。


その頃から同人誌や文芸誌に詩の投稿を始め、1952年から1957年頃に掛けて
有力誌での入選やコンテスト入賞をするようになります。

1958年に幼なじみの朱實と結婚。同年日本コロムビアと専属契約してプロの
作詞家としてのキャリアを開始しました。後にクラウンの創設とともにそちら
に移籍していますが、彼が詩を書いた曲は4000曲以上に及ぶとされています。
1983年に専属契約は解除してフリーになっています。

(1971年の著作権法施行前は、作詞作曲家はレコード会社と専属契約するのが
一般的であった)

彼の書いた曲で有名どころには以下のようなものがあります。

黄色いサクランボ(スリーキャッツ 1959年)後にゴールデンハーフがカバー
アンコ椿は恋の花(都はるみ 1964年)
函館の女(北島三郎 1965)
いっぽんどっこの唄(水前寺清子 1966年)
三百六十五歩のマーチ(水前寺清子 1968年)
男はつらいよ(渥美清 1970)
夜明けの街(石橋正次 1974)
昔の名前で出ています(小林旭 1975)
兄弟船(鳥羽一郎 1982年)

1996年から2008年まで日本作詩家協会会長。2001年から2004年まで日本音楽
著作権協会(JASRAC)会長。1986年紫綬褒章、1988年紺綬褒章、そして2000年
勲三等瑞宝章。

昭和戦後時代を代表する作詞家のひとりだと思います。

なお銀河鉄道999の星野鉄郎とは無関係だと思います。

(2013-09-29)

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