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↑ 羽生善治(1970-)


将棋の羽生善治四冠(王位・王座・棋王・王将)は1970年9月27日午前7時34分、
埼玉県所沢市で生まれました。詳しいイベントチャートは下記をご覧下さい。
http://www.nifty.ne.jp/forum/ffortune/anex/topic/habu.htm

小学1年の時に近所の子に将棋を習いますが、すぐにその子では相手になら
なくなり、そのお兄さんと指すようになります。羽生の家族には将棋を指す
人はいなかったのですが、当時「逆転将棋」というのをやっていたそうです。
つまり指している相手が形勢不利になると盤を逆にする、というものですが
これもあまり長続きしなかったそうです。つまり逆転させてもすぐに善治が
また優勢になってしまったからです。

小学2年で夏休みの子供将棋大会に出場。その年から道場に通い始めて、強い
人にもまれて、どんどん昇級していきます。14級から始めて2ヶ月で7級にな
り、小3の11月には初段に到達。小4の10月には四段となって1981年1月には
子供将棋大会で、後にプロになってからもライバルとなる森内俊之を破って
初優勝を納めました。

小学6年になると小学生名人になり、プロ養成機関である奨励会に入会。
この時の同期が上記の森内のほか、郷田真隆、佐藤康光などで、とにかく
この時期非常にパワフルな人材がセミプロに一緒に入ってきた訳です。

奨励会は6級から三段までになっており、四段からプロになるのですが、
この9クラスを彼は3年でスピード通過、1985年12月18日、三段リーグを
通過して四段に昇進しました。

彼はプロデビューしてからも物凄い勢いで勝ち続けます。また島朗主宰の
研究会には、彼や森内・先崎ら有望な若手が集まり、そこでどんどん実験的
な新しい手を研究開発。その経験に裏打ちされた深い読みは多くの先輩棋士
を畏れさせました。島朗は彼らを「チャイルド・ブランド」と呼び、この
言葉は一種の流行語になります。

そして四段昇進して3年3ヶ月後には準タイトルのNHK杯を獲得。その年
の12月には将棋界の最高タイトルである竜王をいきなり取得して、やはり
この人は凄い人だという認識を多くの人に与えました。まだ19歳の時です。

その後の彼のタイトル獲得ストーリーを見てみましょう。

1989年 2月20日     準タイトルのNHK杯獲得(対中原)
      12月26日     初タイトルの竜王獲得(対島)
1990年11月27日            竜王失位(対谷川) 無冠
1991年 3月18日     棋王獲得(対南) 
1992年 9月22日     王座獲得(対福崎)二冠
1993年 1月 6日     竜王獲得(対谷川)三冠
    7月19日     棋聖獲得(対谷川)四冠
       8月18日     王位獲得(対郷田)五冠
      12月10日            竜王失位(対佐藤) 四冠
1994年 6月 7日2101 名人獲得(対米長)五冠
      12月 9日1907 竜王獲得(対佐藤)六冠
1996年 2月14日1706 王将獲得(対谷川)七冠達成
       7月30日            棋聖失位(対三浦弘行)六冠
      11月29日               竜王失位(対谷川) 五冠
1997年 6月11日            名人失位(対谷川) 四冠
2000年 7月31日   棋聖獲得(対谷川)五冠
2001年 8月 6日            棋聖失位(対郷田) 四冠

今までのタイトル在位合計は48期で、昔はタイトルの数が違うので単純比較
はできませんが、大山康晴15世名人(生涯タイトル在位合計80期)以来の逸材で
あることは間違いありません。

彼は七冠を獲得した直後の1996年3月18日にアイドルの畠田理恵さんと結婚。
このあたりから占星術的には新しいサイクルへ向かいつつあったのは、上記
urlにも書いている通りです。2003年には完全に新しい月の時期に入ります。

その間実際にも彼は次々とタイトルを失っていき、その間に佐藤や藤井の
ような新しいスターも登場して、必ずしも将棋界は羽生一強時代ではなく
なってきた訳ですが、今年はいよいよ竜王戦の挑戦者に登場。奪取すれば
4年ぶりの最高タイトルへの復帰になります。


(2001-09-26)

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