↑ ← → 日本史の中の女性(0)
written by Lumiere on 96/08/30 07:16
西洋の歴史を見ていると古代に活躍した女性というのをあまり思い付かないよ
うな気がします。せいぜいクレオパトラくらいでしょうか。でもあそこはエジ
プトですね。クレオパトラ自身はギリシャ人ですが。そして中世から近世に至
る所ではオーストリアのマリア・テレジア、ロシアのエカチェリーナ、ブリテ
ン島のメアリ・スチュアート、エリザベス1世、ビクトリア。。。といった人
たちが出てきます。

これに対して日本では記録に残されている最も古い日本人の名前が卑弥呼であ
り、古事記・日本書紀の中を見ても古代には神功皇后・推古天皇・持統天皇・
といった女性の名君が輩出していますし、平安王朝文化の中では紫式部・清少
納言を始めとする女性の作家が数多く出ています。それが近世になると突然女
性の活動が目立たなくなってしまい、中世・近世で国を動かすだけの力を持っ
た人というと、北条政子と淀君くらいしか思い付きません。

つまりどうも西洋の文化というのは、その出発点のミケーネ以来男性中心で動
いて来た傾向があるのに対して、日本の場合はもともと女性を尊重する文化が
あったところに外来思想としての仏教・儒教などが流れ込んで来て、女性の社
会的活動を制約して行った傾向が見てとれるように思います。

近年の西洋の文明の行き詰まりを打開するための思想として登場してきた幾つ
もの思想の中で、たとえばペイガニズムなどの宗教復古思想の中にはそのミケ
ーネ以来の男性中心文化への疑問と、女性の尊厳の見直しというテーマが含ま
れており、占いというものの、そういった風を受けて元気を取り戻して来たよ
うに思います。

科学というものが人間が自分の知覚と思考で認識できる限りのことを利用して
物事をなそうとするのに対して、その限界を超えたところからの波動を捉える
のが占いである、という考え方も成り立ちます。俗な言い方をすれば、明日テ
ストがある、という時は教科書を開いて勉強すればいいのですが、既にテスト
が始まっていたら、鉛筆を転がして答えを書くというのも効果はあるのです。
白紙で答案を出すよりは。そんな当たり前のことを近代文明は忘れていました。

こういう、なんでも物事を明確にしなければ気が済まない、という思想こそ、
いわゆる男性原理と呼ばれるものの一つです。これに対して女性原理において
は、曖昧な状態でも問題はありません。要は明日生きていければよいのであっ
て現在Aという状態にあるかBという状態にあるかというのが分からなくたっ
て構わない。こういう論理思考を数学者は「直観論理」と名づけました。これ
に対して近代西洋文明を構築した全て1か0か、はっきりさせようとする論理
思考は「古典論理」と呼ばれています。また1でもあり0でもある、といった
状態を認めてしまう論理体系もあり、これは「量子論理」と呼ばれます。占い
は直観論理なのか量子論理なのか分かりませんが、少なくとも古典論理で動い
ているのではないように思います。

しかし、こういった直観論理や量子論理の構造は数学の中だけで追い求めるこ
とは不可能です。なぜなら、数学はそれを背景にしている事象の研究があって
初めて公理を作ることができるものだからです。数学的に意味をなさない体系
は最初から問題外ですが、数学的に意味が成立しているのであれば、どれがよ
り我々の宇宙に適合するのかというのを、実際の宇宙の探求の中から見つけ出
す必要があります。ですから私たちは占いにおける論理構造を考えようとした
場合、太古の「女神様の時代」に思いを馳せることはひとつの重要なポイント
となるでしょう。

しかし、西洋のペイガニズムが頼りにしようとするものがはなはだあやふやな
人類的記憶でしかないのに対して、日本においてはほんの1000年ほど前ま
で女性が光輝いていた時代の記録が残っていますから、日本はこれから新しい
時代の社会的ルールを作っていく上で先行することが可能ですし、人類を滅亡
への道から救うには、日本に課せられた責任は重大ではないでしょうか。

そういう訳で、今回の小シリーズでは、日本史の中に現れてくる何人かの女性
にスポットライトを当てて、その生き様を見てみたいと思います。




← →
(C)copyright ffortune.net 1995-2007 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから