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九州場所
明治の頃まで相撲は「1年を10日で過ごすいい男」と言われ、年に1度10日間の興行が行われるだけでしたが、その後、日数は15日間になり、行われる回数も次第に年2回・年3回・・・・と増えてきて、1958年からは現在の6場所制になっています。行われる場所は下記の通りです。
| 正式名称 | 通称 | 場所 |
| 一月場所 | 初場所 | 東京・両国国技館 |
| 三月場所 | 春場所 | 大阪・大阪府立体育会館 |
| 五月場所 | 夏場所 | 東京・両国国技館 |
| 七月場所 | 名古屋場所 | 名古屋・愛知県体育館 |
| 九月場所 | 秋場所 | 東京・両国国技館 |
| 十一月場所 | 九州場所 | 福岡・国際センター |
九州場所は九州巡業が昇格して1957年に生まれました。当初は福岡天神のスポーツセンター(現ソラリアプラザ)で行われていましたが、その後1974年からは九電記念体育館、1981年から国際センターに会場を移して来ました。
その中では、色々な名勝負がありましたが、中でも千代の富士絡みの記録が大きく光ります。
千代の富士は、国際センターができた最初の年1981年から1988年まで8年連続、九州場所で優勝しました。そしてその最後の年は14日まで53連勝をし、千秋楽に54勝目が掛かっていたところを大乃国に破れ、双葉山の69連勝の記録を抜く夢は消えました。
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こうしてみると、1960年代の大鵬と1980年代の千代の富士の活躍というのはほんとうに目立ちます。なお、最初の九州場所を制した玉乃海は大関目前で病気になり前頭14枚目まで落ちたところで奇跡の再起。この場所をなんと全勝優勝で飾りました。
また、1970年の九州場所を制した玉の海は14日目まで全勝でしたが千秋楽大鵬に敗れ決定戦になりました。そしてこれを制して優勝。秋場所に続く連続優勝を果たしました。玉の海(元玉の島)は格好のライバル北の富士との幾つもの名勝負が語り継がれている横綱です。この年の初場所2人は13勝2敗で並び優勝決定戦で北の富士が勝って優勝しましたが、二人同時に横綱昇進を果たしました。しかし惜しくも翌年10月盲腸の手術後急死しました。
(2000-11-05)
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