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←↑→ 宇宙への招待(1)太陽・月・惑星


古代の人々は夜空の星を眺めている内に、その中に他と違った動きをする星
があることに気づきました。これらの星は概して他の星よりかなり明るい上
に、他の星との位置関係が短期間に変化しました。これ以外の星が相互の
位置関係をほとんど変えないのに対して、これらの星はかなり目立ち、やが
て「惑星(planet, さまよえる者の意味)」と呼ばれるようになります。

この時代に発見された惑星は、金星・木星・火星・水星・土星です。中でも
木星は約12年掛けて元の位置に戻ってくるため、大きな時間を計るための
単位としても使用されるようになります。そして、この5惑星と太陽・月の
動きを予測する研究も行われるようになりました。木星が大きな時間を計る
のに都合がいいのに対して、太陽の動きは季節の変化に対応し、月の動きは
潮の満ち引きに対応していることがわかっていましたので、その予測は重要
な技術でした。

紀元前後頃までには、これらの星の動きが回転運動により生み出されている
ということは多くの技術者の共通の認識となってきたものの、その回転の
中心について地球を中心に考える立場と、太陽を中心に考える立場の対立が
あったようです。ヘレニズム世界の中で優勢になっていき、その後キリスト
教教会に支持されたのは地球を中心に考える方式で「周天円説」と呼ばれる
ものでした。

これは太陽は地球をまわる円の軌道を動いているが、惑星に関しては地球を
回る円の回りを回る円に沿って動いているという考え方です。しかし単純な
周天円の組合せでは、なかなか正確に惑星の動きを予測することは困難で、
仮定される周天円の数はどんどん増えていきました。

ルネサンス時代が来てヨーロッパに数百年ぶりに科学を研究する雰囲気が戻
って来た頃、コペルニクスは周天円をたくさん仮定するのをやめて、いっそ
太陽を中心に地球も5惑星も回っていると考えた方が計算が楽であることに
気づきます。

彼はこの計算法をあくまで「簡易計算法」として公表したのでそう騒がれず
に済んだのですが、その後のガリレオは確かに地球が太陽の回りを回ってい
ると主張したため宗教裁判に掛けられてしまいます。彼の名誉を回復したの
はなんと現代の法王ヨハネ・パウロ2世(1989)です。

もちろんそういうキリスト教教会の思惑とは無関係に、時代はコペルニクス
やガリレオの研究を当然のものとして、進んで行きました。特にガリレオが
亡くなった年にその生まれ変わりのように生まれたニュートンが万有引力の
法則を発見。この法則により太陽を中心とする地球と惑星の動きを理論的に
説明してみせたため、その方向性は揺らぎないものとなりました。周天円説
はこのような理論的バックボーンが見つかりませんでした。

現代では誰もが、太陽を中心に水星・金星・地球・火星・木星・土星が回っ
ていると考えています。また土星の外側に天王星・海王星・冥王星が発見さ
れており、そのほかにも多数の小惑星・彗星が同様に太陽の回りを回ってい
ることが知られています。これらの全体が「太陽系」と呼ばれています。




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