上野動物園のパンダ

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1972年10月28日、中国からパンダのカンカン(康康)♂とランラン(蘭蘭)♀が 到着。11月5日より一般公開されました。

この年、7月6日に田中角栄が総理大臣に就任。田中は最初に中国との国交回 復を行なうことを計画。9月に自ら訪中して周恩来首相とトップ会談。29日 日中共同声明の調印にこぎつけます。田中は自らの政権における最大の実績 を一番最初に果たしました。

この日中国交回復を記念して、中国は日本に中国だけに生息する希少動物・ パンダを贈ることを決定。そして中国からの親善大使として、この2頭が 来日したわけです。この5日1日で上野動物園には6万人もの見物客が押し寄 せ、600人の警備員が警戒に当たりました。見に行った人の話では、とにかく 足を止めることを許されず、どんどん歩かされて、パンダが見えたのは一瞬。
しかも寝ていた(^^; ということでした。

これにより、白黒のユニークな模様で、いつも寝ているパンダというイメー ジが国民の間に定着することになりました。

以来、上野動物園のパンダは世代交代しながら、国民に親しまれています。

1972/10/28 カンカン(康康)♂とランラン(蘭蘭)♀到着。
1972/11/05 カンカン(康康)♂とランラン(蘭蘭)♀一般公開。
1979/09/04 ランラン♀死亡。
1980/01/29 ホアンホアン(歓歓)♀到着。
1980/06/30 カンカン♂死亡。
1982/11 フェイフェイ(飛飛)♂来園。
1985/06/30 ホアンホアン出産。命名チュチュ(初初)♂。29日死亡。
1986/06/01 ホアンホアン出産。命名トントン(童童)♀。
1988/06/23 ホアンホアン出産。命名ユウユウ(悠悠)♂。
1992/11/05 トントン♀のお婿さんとしてリンリン♂到着。
1992/11/13 ユウユウ♂が中国へお婿入り。
1992/12/14 フェイフェイ♂死亡。
1997/09/21 ホアンホアン♀死亡

ちなみに、カンカンが亡くなってからフェイフェイが来るまで時間がたって いるのはその時期、日本と中国の関係があまりうまく行ってなかったためだ ったように思います。ホアンホアンは1年半もの間ひとりで寂しく暮らし、 その後子供を3人も産んだ、とっても偉いパンダです。


昨日のパンダの年表で1箇所訂正です。

> 1985/06/30 ホアンホアン出産。命名チュチュ(初初)♂。29日死亡。

これは変ですね。初初が生まれたのは27日の誤りでした。なお、初初という 名前は死後付けられたものです。


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