人の命は地球より重い

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『人の命は地球より重い』

この言葉は1977年日本赤軍によるダッカでの日航機ハイジャック事件で、犯行 グループが高額の身代金と日本で服役中の過激派や爆弾魔などを解放するよう 要求した時に、時の福田赳夫首相が言った言葉として記憶しておられる方も あるかも知れません。

法曹関係ではなんといっても昭和23年に最高裁で判決が降りた「死刑は憲法が 禁止する残虐な刑罰に相当するか」が争われた上告審の判決文の中で使用され たことばとして有名です。「一人の生命は全地球よりも重い。死刑はあらゆる 刑罰のうちで最も冷厳な窮極の刑罰である。」しかし最高裁は絞首による死刑 は、かまゆで・火あぶりなどとは違って残虐な刑罰ではないと判断しました。

その対象となった事件の被告は、自分をのけものにしていると思いこんだ男が 同居していた妹と母親を殺害して遺体を井戸に投げ込んだもので、当時はまだ 刑法の尊属殺人条項が生きていましたので、尊属殺人・殺人・死体遺棄で死刑が おりたものです。

この判決は戦時中、多くの国民が「おまえらの命は一銭五厘だ」などと言われ て虫けらのように戦線で消耗されていた時代が終わった直後のことで、戦後の 新しい思想の基本として歓迎されたものでした。(一銭五厘とは「赤紙」の送料)

福田赳夫氏などはそういう思想の影響を強く受けた世代です。しかし当時のこの 日本政府の判断は極めて矛盾に満ちていました。同じ言葉を使いながら1948年の 最高裁判決は死刑を宣告し、福田首相は服役犯の釈放を決めました。結論は逆で す。そしてこの判断は「日本はテロリストまで輸出するのか」と国際的に厳しい 批判を受けることになります。実際にこの時釈放されたテロリストたちによって その後国外で失われた命の数を考えると、悲しくなってきます。

しかし当時の福田氏にはこれ以外の選択肢がありませんでした。長年の平和ぼけ により日本の戦闘技術は著しく低下しており、当時この航空機を強襲して人質を 解放することのできるような部隊が存在していませんでした。そこで政府はすぐ に格闘技と射撃術に優れる独身警察官の志願者を募ってSAP(後にSATと改称)を 極秘裏に組織、ドイツの特殊部隊に派遣して訓練を受けさせます。その成果は 2年後の大阪住友銀行人質事件ですぐに上がりました。このSATの存在が明らか にされたのは実に20年後のことです。

私は大学時代に法律の授業でこの「人の命は地球より」という言葉を聞いたの ですが、世界中で多くの人が日々いたづらに殺されて行っている中では、とても 虚しく感じました。最近でも毎日のようにイラクやパレスチナで多くのテロが 起きて多数の死者が出ている中ほんとうに人の命の重さというのは何なのだろう と思うのです。

なおこの言葉の元ネタは明治時代の何かの小説の中の一節なのだそうですが、 作品を特定しきれませんでした。


(2004-02-02)


死刑制度合憲判決事件

■最高裁判所大法廷判決1948年3月12日
事件の概要 1946.9.16.広島県在住の被告(犯行時19歳)が同居の母親と妹を ハンマーで殴り殺した。一審は無期懲役だが、二審で死刑判決。最高裁は上告を 棄却して死刑確定。この死刑は執行されたものと思われるが執行日は不明。
上告した弁護人は死刑は残虐な刑罰であり、憲法36条に反すると主張したが、 最高裁大法廷は全員一致でこれを退けた。
判決文の当該部分の引用
生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる 刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑 罰である。それは言うまでもなく、尊厳な人間存在の根元である生命そのものを永 遠に奪い去るものだからである。(中略)将来若し死刑について火あぶり、 はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条に違反するものというべ きである。前述のごとくであるから、死刑そのものをもつて残虐な刑罰と解し、刑 法死刑の規定を憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

論拠憲法条文
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する 国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、 最大の尊重を必要とする。
第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を 奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
基本的な論理
・「公共の福祉に反しない限り」「生命」や国民の権利は尊重される。
・「法律の手続きによらなければ」生命を奪われない。
・つまり公共の福祉のために、法律に基づいた手続きを経れば生命を奪うことは 可能である。そして、釜ゆでのような残虐な刑罰でなければ死刑は執行できる。

全文↓
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/385/056385_hanrei.pdf


西国立志論

この本は実はSamuel Smiles "Self Help"(1859「自助論」)の中村正直(1832-1891)による 翻訳で、元の本の序文中にある"Heaven helps those who help themselves." (天は自ら助くる者を助く)も有名である。この本は1871年(明治4年)に中村に よる訳が出版されると、大きく話題になり、当時の知識人たちに大きな影響を与えた。 一時は学校の教科書にも使用されている。そして該当箇所はこの翻訳の序文にある のだが、この序文が漢文で書かれており、格調高いのだが、なかなか難解である。 下記に読み下しを試みた。

当該箇所
それ人は天命の畏るべきを知り、真実の心をもって良善のことを行う。一人此れの如し、 一家此れの如し、一国此れの如し、天下此れの如し。愛の日、仁の風。四海驩(歓)びを 合わせ、慈雲は気を和まし、六合は祥を呈す。此れの如くなれば即ちまた、何の甲兵銃砲 の用に有るかな。古は云わず。兵は凶器なり。戦は危事なり。仁は敵無し。善く戦う者は 上刑に服すと。一人の命は全地球より重し。匹夫(卑しい者)の善行は邦国天下に 関係有り。すなわち土地をむさぼるの故を以て、至貴・至重の人命をして、極惨極毒の 禍いに横に罹らしむ。それ皇天の意に違い、造化の恩にそむく。罪逃るべからず。

原文は↓などを参照。
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/saikoku/

(以上2018-07-01追記)


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