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←↑→ パラドックスの話(3)ゼノンのパラドックス


ゼノンはBC5世紀のギリシャの哲学者ですが、主として運動の不可思議に関す
るパラドックスを幾つか提唱しています。基本的には同じパターンですが、
簡単に見てみましょう。

■アキレスと亀

 アキレスはどんなに頑張って走っても、自分より先を歩む亀に追いつく
 ことができない。なぜならアキレスが亀が今いる所まで辿り着いた時、
 亀はそれより少し先まで行っている。アキレスがその地点まで行った時
 には、亀はまた更にその少し先まで行っている。アキレスがその地点まで
 行った時には、亀はまた更にその少し先まで行っている。アキレスがその
 地点まで行った時には、亀はまた更にその少し先まで行っている。。。。
 ということで、アキレスは永久に亀に追いつけないのである。

■矢と的

 矢はどうしても的に当たることは無い。なぜなら、的に当たるためには
 弓で矢を放つ場所と的との中間点に到達しなければならない。そこに
 到達するためには、そこと弓の場所との中間点に到達しなければならない。
 そこに到達するためには、そこと弓の場所との中間点に到達しなければ
 ならない。そこに到達するためには、そこと弓の場所との中間点に到達
 しなければならない。。。。。ということで、矢は無限個の点を通過す
 る必要があるので、有限の時間に的の所まで到達することは不可能である。

無限の取り扱いに比較的慣れている現代人には「矢と的」の方はあまり
パラドックスとしては感じられないかも知れません。しかしアキレスと亀
の方にはひっかかる方も結構おられるのではないかと思います。

アキレスと亀のパラドックスは、結局アキレスが亀に追いつく前には亀に
追いつけないということを言っているに過ぎません。矢と的の話は二通り
の解決法があります。ひとつはモノは有限の時間に無限個の点を通過でき
るのだという解釈を採る方法。もうひとつはそこに無限個の点は存在せず
有限であるという解釈を採る方法です。実際、弓の位置から的の位置まで
に存在する素粒子の個数は有限です。

しかしそれでもアキレスと亀の話には引っかかりを感じてしまう人は多い
ようです。この問題は『なぜこれをパラドックスと感じるか』が問題なの
だ、という人もあります。

その考え方は「パラドックス」というものの本質を結構捉えています。




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