タロットの歴史(2)タロットの源流
タロットの始まり
さて、カードの歴史面に少し注目してみましょう。

トランプとタロットの関係に関しては、人によってトランプが原型でそれからタロットの小アルカナが生まれたという人と、小アルカナからタロットが生まれたという人があります。その話はちょっと置いておいて、いづれにしてもその原型になるものが14世紀頃、当時のヨーロッパの中心であるイタリア界隈で生まれたのが最初のようです。誰が発明したものなのか。また何か参考にするようなものがあったのか、などについては分かりません。今後の研究を望みたいところです。

タロットの起源として、18世紀のジェブランが唱えて以来「エジプト起源説」というのがありましたが、この説を取る人は現代ではほとんどいません。何が起源かということについては、U.S.Games社のThe Encyclopedia of Tarot vol.1 の第2章に詳しい考察がされていますが、謹み深い言い方をすれば、結局分からないということになります。

古代の秘儀を描いたものであるなどという、分かったような分からないような説から、インドのヒンズーカードが起源であるとか、中国で使われていた牌であるとか、果ては日本の貝合せである、というものまで、実に様々な説があります。しかし、似たような感じのするものを探すのは誰にでも出来ることで、それを実証するのはかなりの困難があるものと思われます。ただ、いづれの「起源説」にしても、直接タロットにつながるものではありませんので、やはり何かを参考にして誰かがそのころタロットを発明したというのが真相でしょう。

The Encyclopedia of Tarot によれば、カードに関するヨーロッパでの最も古い記録は1367年ベルンで出たカード禁止令であるとのことです。禁止された、ということはその少し前からヨーロッパでカードというものが使用されていたということを意味するのでしょう。

このあと1370年代・1380年代になるとカードに関する言及・カード禁止令などの記録が少しずつ増えて来ます。これらの記録の中には年代に疑いを持たれているものもあるようですが、やはりその頃一種の「カードブーム」があったのは確かのように思われます。

初期のタロット
以前は現存最古のタロットは1392年にジャックマン・グランゴヌールが筆写したタロットでパリの国立図書館に17枚が残っているものとよく紹介されていたのですが、このタロットに関しては実は15世紀のものであったという説が、ほとんどのタロット研究家の認めるものとなりました。

従って現在最も古いタロットは1428年に制作された、ビスコンチ・スフォルザ版であるということになります。これはとても豪華なタロットで、ミラノ侯のビスコンチ家の令嬢の結婚式の記念に制作されたものです。おそらくは、名士を大勢呼んでの余興の場でこのタロットが使用されたのでしょう。図版は上記リンクから参照してください。

ビスコンチ・スフォルザ版の次に古いものは1450年頃に制作されたソラ・ブスカ版ということになりそうです。これは同じミラノのソラブスカ家で使用されていたタロットですが、このタロットはいわばライダー版のルーツともいえるタロットで、小アルカナの全てのカードに絵が描かれています。絵柄の雰囲気はビスコンチ・スフォルザ版と次世代のマルセイユ版との中間という雰囲気です。ただ、逆の見方をすれば、当時マルセイユ版のルーツになるようなものが世間で流通していたのを、ビスコンチ・スフォルザ版では完璧に絵を描き直したのに対して、ソラ・ブスカ版は世間で流通している絵柄に比較的近い形で描いた、という考え方も成り立ちます。この付近はまだ研究の余地があるでしょう。

ソラブスカ版と、ひょっとすると前後するかも知れないのが1460年頃に制作されたマンテーニャ版です。これは正確にはタロットではありません。10枚ずつ5つのスートから成るカードで、どちらかというと「タロット」と呼ぶより「カルタ」と呼んだほうが適切でしょう。ただし絵はとても美しいもので必見の価値があります。

(ソラブスカ版・マンテーニャ版は版元の許可が取れていないため図版が掲示できません)

マルセイユ版の普及
その後時代が進んで16〜18世紀の間、イタリア及びそれに影響を受けたと思われるフランスでたくさんのタロットが制作されるとともに、印刷による普及も進みます。もっとも、それらの中で現存するものはわずかで、これらはニューヨークのメトロポリタン美術館など各地の美術館・博物館の貴重なコレクションとなっています。

この間に注目すべきなのは、いわゆる「マルセイユ版」と呼ばれる系統のもので、17世紀頃以降、フランスの港町マルセイユを中心に色々な版が制作されました。この流れを組むタロットは現在でも各社から「マルセイユ版」の名前で発売されており、人気デッキのひとつ「1JJ」などもこの傍系に属するデッキです。そして結果的にはこのマルセイユ版が現在のタロットの最も太い源流になっています。

魔術師たちのタロット
こういった流れに、別の息吹を吹き込む人たちが18世紀頃に出始めます。タロットのエジプト起源説を唱えたジェブラン、その弟子で「エッチラのタロット」を残したアリエット、そしてカバラとの関連を考えて、その後に大きな影響を与えた19世紀のエリファス・レビです。

そして、この「カバラとタロット」というモチーフは1888年にマグレガー・メイザースらによって設立された「ゴールデン・ドーン」に引き継がれます。この会にはアーサー・エドワード・ウェイトやノーベル賞作家のウィリアム・バトラー・イェイツらが参加し、後にアレイスター・クロウリーも加わっ ています。この会はそんなに長く続きませんでしたが、この中から「ライダー・ウェイト」が生まれました。このデッキはウェイトが会のメンバの画家パメラ・コールマン・スミスと共同で作り上げたもので、現在世界中で最も多く使用されているものです。

この「ゴールデン・ドーン」の流れを組むデッキとしては、クロウリーが画家 レディ・フリーダ・ハリスと一緒に作った「トートのタロット」、クロウリーの信奉者イスラエル・リガルディがロバート・ワング(後にユングのタロットの作者となる)に描かせた「ゴールデンドーン・タロット」、そしてポール・フォスター・ケースの一派が作った「BOTAのタロット」があります。

ジプシー(ロマ)とタロット
タロットについてよくある俗説で、これはジプシーの人たちが発明したものなのではというものがありますが、この説について私は過去に「時代的にあり得ない」と否定的見解を述べていましたが、その後の調査で必ずしもあり得ないとも言い切れないという判断に変わっております。

まずできれば「ジプシー」とは呼ばずに「ロマ(Roma)」または「ロマーニ(Romani - 複数形)」と呼びましょう。ジプシー(Gypsy)とは Egypsy がなまったもので、彼らがヨーロッパに入ってきた時にエジプトから来た人たちと誤解されたため Egypsy と呼ばれたものです。のちに先頭の E が脱落してしまい Gypsy と呼ばれるようになっていました。彼らは特に自分たちの民族の名前を持っていませんでしたが、近年 Roma, Romani と自称するようになってきています。Rom というのが彼らの言葉で「人」という意味の言葉で、その変化形です。ちなみにローマ帝国とは無関係です。ロマの人たちは実はインド系の人々で、1001年に中央アジアのガズニ朝がインド侵略を開始した後、戦乱を避けてインドを脱出した人たちです。

さて、以前「ジプシー起源説」を否定していたのは、ロマの人たちの中央ヨーロッパへの流入は1420年前後以降と思われたのに対して、グランゴヌールのデッキが1392年に「書写」されたということはそれ以前にフランスにタロットがあったとすれば時代的にうまく説明できない、というのがありました。ところがグランゴヌール版がもっと後の時代のものであったのが分かったこと、1407年にはドイツのHildesheimでロマに関する記録が残されていることが分かったことで、時代的矛盾が解消してしまったのです。

また彼らは14世紀に東ヨーロッパには広く分布していたようですので、ミラノやヴェネチアといった当時のヨーロッパの中心的地位を持つ町にいれば、東欧からの交易の品も多数入ってきていたことが考えられ、その中にロマの人が作ったタロットがあったとしてもおかしくない気がします。



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