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written by Lumiere on 92/11/17 21:47


日本には随分「ばか」が活躍する話が多いと思う。これはユング心理学では
トリックスターと呼ばれるものに近いのであろうが、とにかくこの「ばか」は
実はとてもりこうなのではないか、と思うような働きをする。

彦一とか吉っちょむ、などというのは、その「ひょっとしたらりこう」という
面が強く出過ぎている嫌いもあるが。純粋に「ばか」な世界というとイギリスに
飛んで、狂ったリア王に付き従う道化などは鬼気迫るものを感じる。

私の母は佐賀県唐津の出身で、名前は忘れたが、当地の伝統的な「ばか」の話を
よく聞かせてくれた。この人は結構近い時代の人のような話し方であった。

ある時、雨が降ってきた。みんな走り出す。「お前は走らないのか」と一人が
親切に聞く。こたえていうには「走ったって、むこうも降ってる」

川に大きな橋が架かっていて通行料を取っていた。ところが番人が交替するほんの
5分くらいの間は無法地帯。しかし5分で渡れる橋ではない。この橋を渡りたい
とき、この交替の時間を狙って橋にあがり、行ける所まで行ったら、次の番人が
来る頃合を見計らって逆向きに歩き出す。番人が言う。「お〜い、通行料持ってる
のか?」「いいや」「じゃ、この橋は渡れないぞ」「そうか。仕方ない。戻ろう」

この男(女だっけ? 忘れてしまった)はいつも人の家に来ては何か貰って食べて
いた。で、余りずうずうしいものだから、やって来てもしっかり戸を締めて、中に
入れないようにした。ある日、この男(ってことにしとこ)がやって来て戸を叩く
「あけて、あけて」 居留守を使う。が、やがて「こぼれる、こぼれる」
こぼれる?? 今日は珍しく何か持ってきてくれたんだろうか? では入れてやら
ねば。と、戸をあけるが、何も持たずに立っている。「お前何がこぼれるんだ?」
「あけてくれなかったから、悲しくて、なみだがこぼれる」

(ひょっとすると物凄く頭が良かったのかも)

中学の2年のとき、私は5年間過ごした青森県の大湊から長崎県の佐世保に舞い
戻ったが、そのとき大湊のクラスのみんなが寄書きを書いてくれた。そこに一人
「ばかになれ」と書いてくれた人がいた。

ずっと、私の心に残っている言葉である。ある意味で、私のその後の人生観に
大きな影響を与えた言葉でもある。感謝。

(私は皇帝の道よりも愚者の道を歩きたいと思う)




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