
カード各論(11)力, Strength, La Force
このライオンと女神のモチーフというのは色々な解釈が言われているが、 主として「手なづけている」「危険なことに挑戦している」「ライオンで もおとなしくしている」という3種類に分かれる。ライオンが絶対的危険 或いは暴力的自然の象徴と考える立場ではこれは「危険への挑戦」であり、 その場合、女より男の方がふさわしいとしてヘラクレスが登場する。また 「手なづけている」というのはサーカスの曲芸用ライオンの連想であり、 まさにこのカードを「調教師」と呼ぶデッキさえある。
しかし、一般に力を力で押さえつけるのも一つの手ではあるが、もう一つ の手として、力を心で制御するというのもある。それこそが人類の文明を 発達させてきた思考である。それは智恵と言ってもよいし、愛と言っても よいであろう。「野生のエルザ」に見るようにライオンでも愛情を持って 接すれば仲良くできる。そもそも力の根源は愛である。人は愛する者の為 にこそ力を出すし、絶対的な愛は刹那的な暴力に勝る。
一説によれば、ここに描かれているのは元々ヘラクレス或いはサムソンのようなたくましい男であったのが、ヘラクレスにしてもサムソンにしても長髪であるため、誰かが女性と勘違いして、その後この人物を女性とするデッキが広まったのではないかともいう。
しかし、この説は苦しい。なぜなら最も古いデッキのひとつである、Cary-Yale版のビスコンチ・スフォルザではここに描かれているのはどうみても女性なのである。一方、同じビスコンチ・スフォルザでも Pierpont Morgan Bergano版では、人物はどうみても男性である。そして困ったことにこのふたつの版はどちらも Bonifacio Bembo の作品なのである
Cary-Yaleは1428年、ミラノ公 Filippo Maria Visconti と Maria of Savoy の結婚が決まったお祝いに制作されたもので、Pierpont Morgan Bergano版は1450年 Francesco Sforza がミラノ公に就任した時にお祝いに制作されたものである。Bemboは 1410年頃の生まれと考えられるので Cary-Yale を制作した時は新進の18歳、PMB版を制作した時は円熟の40歳。この20年間の月日が彼の考え方を変えて、人物を女性から男性に置換してしまったのであろうか。
女性とライオンというモチーフも別に新しいものではない。アポロンの恋人キュレネは大変力が強くライオンや熊と平気で格闘した。これをモチーフとして彼女がライオンを飼い慣らしている絵というのが中世に存在していたという。また、インドの女神ドゥルガーはライオンに乗って戦争に行く。
Bonifacio Bembo はたくましい男がライオンをてなづけていても面白くないと考え、こういう古いシンボリズムに合わせて女性とライオンというモチーフを描いたのかも知れない。しかし1450年の時に何があったか。ここで面白い指摘がある。PMB版の「力」の人物の顔はFrancesco Sforza の肖像画に似ているというのである。とすれば、この変更は Francesco 自身の要求によるものであった可能性もありそうだ。
アルフレッド・ダグラスは言う。このカードは隠者において内省へと進行 したイメージが再び無意識界から意識界へと戻ってくることを表している のであると。その時必要なのは厳しさよりもむしろ優しさであるから、こ こはやはり女性でなければならないのだと。
無意識界からの力の解放に優しさが必要であることについては賛成である。 しかし優しさを表すには女性の方がふさわしいという点に関しては、若干 納得しかねる点もある。
私は男がライオンを押さえつけている絵であったら、面白くない、と思う。