↑ 若狭姫神社
若狭姫神社は本当に町のすぐそばにあります。タクシーが小浜の町のメインストリートを出て、ちょっと右手に曲がったかと思ったら、1〜2分も走らない内に着いた気がします。

ここは上流1.5kmの龍前の里にある若狭彦神社とあわせて若狭一宮です。鵜の瀬の白石明神を勧請して若狭彦神社が霊亀元年(715)に、若狭姫神社が養老5年(721)に創建されました。若狭彦神社を上社、若狭姫神社を下社といいます。

若狭姫神社は町のそばにあるにも関わらず境内がなかなか広く(若狭彦神社の倍くらいありそう)、開けた空間であるのでとても明るい。本殿のそばに千年杉など立っていました。

「千年杉の由来」という説明文がありましたが、中を読んでみると、何の由来の話も書かれていない(^^; こういうのって素敵だ。つまり分からないくらい古い杉だということでしょう。「千年杉の由来」の文書には、この杉が千年前の物とすれば神社創建後270年ほど経った時の物などと書かれていますが「千年」というのは極めてアバウトな数字ですから、案外この神社が創建された時からのものであっても不思議ではないと思います。

境内には若狭彦は彦火火出見尊で、若狭姫は豊玉姫命といった説明文もありましたが、これは明治時代の何でも古事記に出てくる神に結びつけようとした政府の政策の被害によるもの。ここに祭られているのは遠敷明神の若狭彦・若狭姫で良いです。女神様であることと、例祭がたまたま10月10日で「十月十日」であるため、安産の神として信仰されているようで、乳の木、岩田帯などの説明がありました。

境内社に中宮(なかのみや)神社と日枝神社があります。中宮神社は御祭神は玉依姫で豊玉姫の妹。これは海幸彦・山幸彦伝説で、豊玉姫と彦火火出見尊の子供の鵜葺屋葺不合命を育て、後に結婚して神武天皇を産んだ女神様。多分元々本殿の神の関連の女神様が祭られているのでしょう。

日枝神社の方は御祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)。相殿に夢彦神・夢姫神・宗像神・愛宕神・琴平神・稲荷神を祭る。多分この村のあちこちにあった神社が明治時代に合祀されたものでしょうか。しかし夢彦神・夢姫神というのは初めて聞いた神様です。

それから柳田国男の歌が掲示されていました。ここに来て遠敷の伝説を採取なさったんでしょうね。

 玉造る 若狭の国の 国なかに 神代の神を 拝む今日哉

 とこしへに 並びています 若狭彦 若狭姫こそ うらやましけれ

(歌は一部かなを漢字に改めた。国中というのはこの若狭の中央、つまりこの小浜の地のこと)


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