賀茂探求(32)伊豆/三嶋大社

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written by Lumi on 00/05/17 20:25.

交通の効率の関係から、広瀬神社のあとでこちらに来ることになりました。
伊豆高原鉄道で田京から三島方面に戻り、三島のひとつ手前、三島広小路駅 で降ります。ここから商店街に沿って歩くこと10分。商店街で流れている ラジオのニュースで、男性助産婦の件が流れていました。

地図でみるとすぐのように見えたのですが、歩くとけっこうありました。歩 いていて途中で少し不安になりましたが、やがて到着。

さすがに大きな神社です。
鳥居を入って、八重桜の咲く池の横を通り抜け、拝殿までかなり歩きました。

ここは三嶋大社。全国三島神社の総本社。

御祭神は三島大明神ですが、何度か述べてきたようにこの三島大明神の本体 については、大山祇(おおやまずみ)神説と、事代主(ことしろぬし)神説とが あります。現在公式には両神が併記されていますが、二柱神を祀る神社とい うわけではありません。このあたりの事情は高知の土佐神社と同様。

拝殿の左側に下記の神社が並んでいます。

見目神社 三島明神の后神六柱 若宮神社 物忌奈乃命・誉田別命・神功皇后・妃大神

「誉田別命(応神天皇)・神功皇后・妃大神」というのは、八幡神のことです。
ここにある理由については、このあとすぐ下に書きます。

このほか、左右に境内社が並んでいます。

左の境内社(右から)    右の境内社(左から) 大楠社             船寄社 天神社             飯神社 聖神社             酒神社 第三社             第二社 幸神社             小楠社

このほか参道手前の方に厳島神社が独立して祭られています。

「三島大明神縁起」では三島明神の后は八人とされていたのですが、ここ、 三嶋大社の見目神社では六人の妃が祀られています。あるいはここに入って いない方が別格でお二人おられるのでしょうか。このあたりはもう少し検討 してみます。

この三嶋大社は延喜式では賀茂郡筆頭で、伊豆三嶋神社・名神大・月次新嘗 と書かれているものです。この神社ははじめは三宅島にあり、そのあと

三宅島富賀神社→白浜海岸白浜神社→大仁町広瀬神社→三島市三嶋大社

というように移転して来ました。現在三嶋大社がある場所には若宮八幡があ ったとされます。この時、三島明神が若宮八幡様に「藁一把分土地を譲って くれないですか」と言ったので、若宮八幡様が「そのくらいいいですよ」と 言ったら三島明神はその藁把を解いて輪にすると広大な敷地を占有してしま った。そこで若宮八幡様はよそ(同市本町)に移らなければならなくなった といいます。(似た伝説がイギリスにもありますが)

この話を後から聞いたので、この若宮八幡様に行きそびれました。いづれ訪 れたいと思いますが、ここの御祭神が分かりません。しかしひょっとしたら、 この三嶋大社内に祀られている若宮八幡と同じかも知れません。こちらは

物忌奈乃命・誉田別命・神功皇后・妃大神

となっていて「誉田別命・神功皇后・妃大神」が八幡神ですから、物忌奈乃命 が「若宮様」なのだと思います。

ところで、この物忌奈乃命という神様については出自がはっきりしています。
これは実は神津島の物忌奈命神社の御祭神と同じだと思います。こちらの御 祭神は、三島明神と阿波咩命の間の御子神とされています。

※咩(羊)=

神様の会議場である神津島には名神大の式内社が二つあり、それが阿波神社 と物忌奈命神社。つまりこれが実は三島明神の奥様と御子だったわけです。

という話になると、三島明神が自分の息子からこういう方法で土地をかすめ とるというのは変ですから、実際こうやって場所をとられてしまった神様は 八幡様なのでしょう。つまり三嶋大社の御鎮座地には元々八幡社があったの ではないかと想像されます。後にそこに三島明神の若宮が一緒に祀られるよ うになったのでしょうか。あるいはこの若宮というのは最初は別の神様だっ たのでしょうか。

現時点ではこの考察はこれ以上進めません。

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