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■伏義(1万年前くらいか?)
 八卦を作ったといわれています。伝説によれば、伏義が王であった時代に
 栄河に竜馬が現れ、その馬の腹に不思議な模様がありました。これを河図
 (かと)といいますが、ここから八卦の体系も作ったとのこと。ただし、
 河図から八卦に展開するのは、なかなか大変そうです。別の説では、世界
 の事象を仰観俯察して、これを定めたともいいます。

■文王(BC1100年頃)
 文献によって比定年代がBC1150〜1050頃と揺れています。殷末期の政治の
 乱れを批判し、彼の子の武王により殷は倒れ、周王朝が始まります。その
 話は「封神演義」に描かれています。この文王が八卦を重ねて六十四卦を
 定め、現代の易経に「卦辞」「爻辞」として残る解説文を書いたといわれ
 ますが、文王が書いたのは卦辞までで、爻辞はその子の周公(武王の弟)が
 書いたものという説もあります。また六十四卦まで伏義が作ったもので、
 文王が卦辞を書いたのだという説もありますが、実際には文王あるいは
 その時期の誰かが、それまであった体系を集大成したのかも知れません。

■孔子(BC551-479)
 春秋時代の思想家で儒家の祖とされ、伏義・文王と並んで、あるいは老子・
 釈迦と並んで、「三聖」に数えられます。前者は易の三聖、後者は中国の
 宗教の三聖です。易経に収められた易卦の解説書である「十翼」の著者と
 されています。孔子や後に述べる朱子らの働きにより、易には儒教的な
 色彩が強く反映されています。

■王弼(AD226-249)
 三国時代の思想家で、わずか24歳で死去しましたが、密度の高い活動をし
 ており、老荘思想をベースに、漢代の象数易を批判して「周易注」などを
 著し、義理易の復興を提唱しました。

■朱子(1130-1200)
 名は熹。字は元晦。朱子学の祖です。象数易と義理易を統合、先天易と
 後天易を統合。天地自然の易を確立しました。ただし彼における義理易は
 儒教をベースにしており、道教をベースにした王弼の義理易とは性格が
 異なるとされます。

文王から朱子までの4人が約700年おきに出ているのは面白い所です。本当
はこのクラスの人が1900年頃出るべきだったのかも知れませんが、その時期
中国は混乱の極致でした。孫文を挙げる考えもあるかも知れませんがあまり
易には関係ないので、日本の高島呑象で勘弁してもらえないものでしょうか。




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