XEROXが生み出したもの

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(1)商売下手な企業?

ゼロックスはしばしばこの業界では、「商売下手な会社」と言われます。
この企業は今までいくつも画期的な技術を生み出しておきながら、それを 自分のビジネスにしていないからです。
ゼロックスという会社の社名はギリシャ語の「乾いた」を意味するXEROS に FAX の X を合成したものです。つまり「乾式複写機」の会社である ことを示しています。
1980年代頃までは日本でも多くの会社で「青焼き」と俗称される湿式の 複写機(ジアゾ複写機)を使用していたと思います。これは小学生の雑誌の 付録に付いている日光写真のようなもので、透過性のある原稿と感光紙と を重ねて機械に挿入すると、複写が取れるものでした。
これは1950年頃に開発されたもので、それまでカーボン紙か写真くらい しか複写の方法がなかった時代にほんとに画期的なものでした。しかし 青焼きにはいろいろ問題がありました。
 ・非透過原稿の複写ができない  ・複写されたものは光や高温に弱い。
ここでこういう問題を解決し、保存性の良い複写機を開発したのがHaloid (1959)でした。同社が開発した普通紙コピー(PPC - Plain Paper Copy)は 感光紙ではない普通の紙の上にトナーを乗せて複写するものであり、非常 に保存性がいいため、今までとは逆に「書類を長期間保存したいから複写 する」という新しい使い方を生み出します。

このHaloidがXEROXの前身で、XEROXの名前は1961年から使用されています。
(Haloidの設立は1906年)

このXEROXが1970年に「パロ・アルト研究所」(Palo Alto Research Center, 略称PARC) という研究所を設立します。この研究所を作ったのは、コンピ ュータの発達を見据えて、今に自分たちが商売の基本にしている複写機は 来るべき電子社会においては不要のものになるであろうとの危機感から、 新しい時代に同社が生き残っていくべき技術を開発するのが目的でした。

そしてこの研究所から例えばこのようなものが生み出されたのです。
 (1)ウィンドウシステムとマウス  (2)オブジェクト指向の考え方とsmalltalk  (3)ページ記述言語とベクトル・フォント  (4)ネットワークとLAN (1)と(2)は結局アップルが「マッキントッシュ」として世に送り出しまし た。(3)はアドビから「ポストスクリプト」として商品化されました。(4) はイーサネットとして国際規格になりました。いづれも現在のパソコンの 基礎技術になっています。
しかしこれら全てにおいてXEROXは商品化に消極的で、結果的にもうけそ こなっています。俗説では、せっかくこんな素晴らしい研究所を作り世界 中から優秀な人材が集まってきて、せっかくこんな素晴らしい技術が開発 されたのに、歴代の経営者にその意義を理解できる能力が足りず、開発者 はみな商品化してもらえないことに不満を持って飛び出したのだ、ともい われています。(あくまで俗説であり真実のところは知りません) ある意味でXEROXはMicrosoftになる「チャンス」を持っていた企業でした。
(2)Windowsの起源ダイナブック

1968年ユタ大学の学生で、Ivan Sutherlandの教え子のひとりであるAlan Kay は「ダイナブック構想」という画期的なコンピュータの構想をまとめました。

彼はその夢を実現するためにXEROXのPARCに入社。そこで生み出されたのがALTO など一連のマシンです。

ALTOが完成したのは1974年になるようです。この年はBill Gatesらがやっと AltairにBASICを搭載した時代です。しかしその時既に次世代のパソコンの芽 は育ち始めていました。

ALTO或いはこのシリーズのマシンは Alan Kay のダイナブック構想の半分く らいを実現していました。

 ・基本的に一人が一台のマシンを使う前提であること   (当時はTSSやバッチ処理で何十人もの人が一台のマシンを共同利用する    方法がほとんどであった)

 ・ラスタ型ディスプレイを装備してコンピュータの処理結果がすぐに利用者   に分かること(当時は入力は紙テープ、出力はラインプリンタである。
  ディスプレイはあったが、多分ストローク型の方が多かったと思う。)

 ・ウィンドウ・システムをマウスで操作することにより、コンピュータとの   やりとりが分かりやすくできる。

 ・画面に表示された内容についてはページプリンタでそのまま印刷すること   もできる。

 ・他のマシンとはネツトワークで相互接続され、資源の共有ができる。

 ・豊富なサンプル・プログラムと強力なブラウザにより、素人でも簡単に   プログラムを作ってコンピュータに指示が出せる。

Alan Kay はこのほかにダイナブック思想の重要な柱として「本のように小さ く持ち運びできる」ということを挙げているのですが、当時の技術ではそこ までは無理だったといえます。

Alan Kay らのグループは幾つかの試作機を作ったようで、そのうちのひとつ Star はかなり後になってから商品化され、日本語版の J-Starも出ています。

しかし当時はXEROXはこのシリーズを商品として販売することに消極的な姿勢 を示し続けていました。ひとつ間違えば、この素晴らしいシステムは闇の中 に消えて行ってしまったかも知れません。それを「発見」したのがアップル でした。

その辺りの詳しい経緯はまた後日マックの歴史の中で触れることになると思 いますが、1979年、Steven Jobs, Bill Atkinson らがこのマシンを見て Lisaの構想を得ます。そしてこのLisaが現在のMacintoshへと発展しました。

更にこのLisaを見て衝撃を受けた(と思う)Bill Gatesは対抗して同様のシス テムをソフトのみで実現する Windowsの開発に取り組みます(Macintoshは Tool Boxというファームウェア化されたライブラリで動作していた)。

そうして20年後の今、世の中は Windows, Macintosh, X-Window, OS/2-Warp と、完全に ALTO の後継OS ばかりの世界になってしまったのです。

(3)ページプリンタ記述言語PostScript

Alan Kay と同様に Sutherland の許で学んだ John Warnock はやはりXEROX のPalo Alto研究所に入り、ページプリンタ用の記述言語を開発しました。

彼が腐心したのはいかにして美しい出力を得るかという問題で、そのために ページの記述方法をそのままプリンタに送信し、プリンタ側でそのプリンタ 自体の能力に応じた解像度でラスタ化する方式、そしてそのため文字につい ても、従来のようにいろいろなサイズのフォントを作っておくのではなく、 ベクトル情報として記録しておく方式を確立しました。

これは昨日見たAlan Kay のALTOよりも、なおいっそうXEROXの本業に近い仕 事です。

しかしこの技術に対しても、やはりXEROXは商品化に消極的でした。

Alan Kay はアップルから声がかかるまで、じっと我慢していましたがWarnock はもっと行動的でした。

開発チームの中の数人とともにXEROXを退職。Adobe社を設立して、彼らが開 発した技術を Post Script の名前で発売しました。

Post Script は最初プリンタ用の記述言語として我々の前にお目見えしまし たが、のちディスプレイ用の Display Postscriptも登場。これは昨日も出て きた Steven Jobs が作った会社 NeXT のマシンなどで採用されて広まりまし た。

なお、Post Script のライセンス料はひじょうに高かったため、後にAppleと Microsoftは共同でこの対抗規格 True Typeを開発、現在MacintoshとWindows にはこのTrue Typeが搭載されています。

Post Script が3次元ベジェ曲線を使用しているのに対してTrue Typeはもっと 軽い2次元スプライン曲線を使用しています。

(4)ネッワークEthernet

1973年Palo Alto研究所にいた Robert Metcalfe はコンピュータ同士を接続 するための画期的な規格 Aloha-net を発明しました。

彼は軍の無線通信システムに関わっていました。無線通信においては多数の 人が同一の周波数を使用しているため、信号同士が衝突して消えてしまうこ とがあり、軍事利用のためには、この時の再送ロジックが必要でした。

彼はこの方式をコンピュータ同士が構内で接続された LAN (Local Area Net work)にも使用できないかと考えたのです。

これがAloha-netつまり現在のEthernetのベースとなっているCSMA/CD方式です。

Ethernet技術はALTOやPostscriptよりは幸運で1979年にはXeroxも、この技術 を使いたかった DEC および半導体メーカーとしての立場から関わった Intel に後押しされる形で、DIX (Digital-Intel-Xerox)規格として成立、業界の 標準としての道を歩み始めます。

しかしそうなるのを見る前に、開発者のMetcalfe自身は XEROXに見切りを付 けて会社をやめ、ネットワーク機器メーカー 3com を設立しました。現在こ の企業がネットワーク機器メーカー最大手のひとつに成長していることは言 うまでもありません。


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