※「セキュリティ保護のため...」というメッセージが出る方・日本語が入力できない方へ
■BASIC■
BASICは Beginner's All purpose Symbolic Instruction Code の略です。 1964年にアメリカのダートマス大学のケメニーとカーツが学生の教育のため に開発しました。ケメニーとカーツは、FORTRANやCOBOLなどの本格的な言語 ではコンピュータを全く知らない学生には難しすぎると判断。もっと易しく おぼえられる言語をということで開発したものです。 私がBASICを知ったのは1974年だったと思うのですが、私はこの言語を無視 しました。当時FORTRANとアセンブラで多数のプログラムを組んでいた私に とって、この言語はおもちゃとしか思えなかったのです。 しかしこの年の12月、ハネウェル社にいたポール・アレンと友人のウィリア ム・ゲイツはこのBASICを当時売れ始めていたパソコンに搭載することを考え、 MITS社のALTAIR用に処理シテスムをわずか2週間で作成しました。 このALTAIRはMITS社が売れ行き不振のパソコン部門でもうこれが売れなかっ たら撤退しようと考えていた「最後の商品」でした。ところがここにこの マシンで動くBASICが出てきたことにより、ALTAIRはものすごく売れ、MITS 社の業績は大幅にUPしました。そこでアレンとゲイツはこのシステムを MITS社に30万ドル(約9千万円)で売却。二人はこの資金を元手に Microsoft を設立しました。 このニュースは当時高校生だった私の耳にすぐ飛び込んで来ましたが、それ でも私はまだBASICを無視しました。当時のパソコンのメモリは数Kという とても小さなものだったので、私としてはそんな高級言語を使うよりアセン ブラでプログラムを書いて、より高機能のソフトを動かしたかったのです。 また大企業で働くプログラマたちもこのBASICを1980年代後半まで無視して いました。それは彼らが大型計算機でCOBOLやFORTRANを使い多数のプログラ ムを組んでいて、彼らにとってはそもそもパソコン自体がおもちゃと思われ、 そこで動いているBASICについては、ガラクタとしか思えなかったからです。 私がBASICを使い始めたのは1983年だったと思います。この年私はNECのN5200 という『多機能パソコン』に触れ、ここで多くのプログラムを書きますが、 このマシンは標準の開発言語であるCOBOLのほかに、ほとんどおまけのよう なBASICが添付されていました。しかし実はこのBASICがCOBOL以上にパワフ ルであったのです。そしてこのN5200はアセンブラが提供されていなかった ため、COBOLで書けないような機能は全てBASICで書いていました。この時 私は「今のBASICは1970年代のBASICとは別物だぞ」と思いました。BASICは ほんとうにものすごい進化を遂げていました。 1990年代に入って、BASICは更なる変身を遂げます。Microsoftが発表した Visual Basic はもうそれまでのBASIC と全く別の言語でした。それ以前の バージョンとの互換性を完全に切って、新しい時代の開発システムを目指 したものです。私もこのVisual Basicで数百本のプログラムを書きました が。。。。。今はもうVisual Basic を使う気になりません。その理由は ここには書かないのが花でしょう。 最近の私の主要開発言語は Visual C++ と Java Script です。