i4004 (intel 4004) Intelにおいて1969年頃から嶋正利、テッド・ホフ、 
 フェデリコ・ファジンらによって開発された、世界初のMPU。1971年に 
 発売にたどりついた。この名前はこのMPUが 4004個のトランジスタを集積 
 して出来ているからとのこと。(実際には2300個) 
  
 嶋は当時日本のビジコンに在籍しており、新しい高機能電卓の開発のため 
 インテルに長期出張してICの開発に従事していた。ある日テッド・ホフが 
 「すごいこと思いついた」と言って部屋に入ってきて、コンピュータの全 
 ての機能をひとつのチップの中に閉じこめてしまうアイデアを披露する。 
 そこで嶋がその中核部分を設計、周辺部分をフェデリコ・ファジンが設計 
 して、この「時代を変えた」発明が生まれた。 
 今のことばで言えば、4ビットのCPUであり、動作周波数は769KHzであった。 
 この発明が30年後インテルをここまで巨大企業に成長させることになると 
 は当時誰も予想しなかったであろう。 
 インテルの初期の営業マンはあちこちにi4004のマニュアルを持って歩き、 
 このMPUのこと説明して、買ってもらえるよう努力した。それで信号機用 
 などにボツボツ売れ始めたが、最初のうちはチップ自体よりマニュアル 
 の売れ数の方が多かった(つまりマニュアルは買ってくれたがチップまで 
 は買ってくれなかった)という。 

i486 (intel 486) Intelが1989年に発売した32ビットMPU。i386の後継機。  外から見たアーキテクチュアはi386から大きく変わっていないが、内部の  回路はガラリと変わったようで、i386はひとつの命令を数サイクルから時  には数十サイクルかけて実行していたが、i486ではほとんどの命令を1サ  イクルで実行できるように高速化が図られていた。これは当時台頭してき  たRISC陣営への対抗策である。  浮動小数点演算機構を内蔵した i486DX と それを外した i486SX、ノート  パソコン用に消費電力を抑えた i486SL があり、更に内部のクロック数を  倍にした i486DX2 と 3倍にした iDX4 も出た。iDX4はクロック数は4倍で  はなく3倍である。また i486DX4 ではなく、iDX4である。  浮動小数点演算機構はi386までは基本的に外付けであった。i486DXがこれ  を内蔵した最初のモデルである。    クロツク数は基本的に20MHz版と25MHz版があり、DX2で倍、DX4で3倍になる  訳だが、ひょっとしたらDX4は60MHzだけだったかも知れない(記憶が不確か)    互換チップとしてはAMDのAm486,CyrixのCx486,IBMの486BLがある。  このCPUは基本的にはWindows 3.1 時代のCPUといえる。
i740 (intel 740) Intelが1998年に発売したグラフィック・プロセッサ。    VGA互換機能、3次元グラフィック機能を搭載し、RAMDAC内蔵。AGPに  接続して使用する。110万ポリゴン/秒。
i752 (intel 752) Intelが1999年に発売したグラフィック・プロセッサ。  i740の後継機で、810のチップセットにも内蔵されている。    これがインテルの最後のグラフィック・チップで、これを最後にこの分野  からは撤退。i754の開発は中止された。これは810がインテルの予想を  遙かに越えて売れたため、今後は単体ではなく、チップセットの形で供給  する方針に転換したため。
i8008 (intel 8008) Intelが1972年に発売した、同社で最初の8ビットMPU。  この名前は i4004 の倍の性能だからという意味で、トランジスタを8008  個集積したものという意味ではない。    8ビット化したためクロック数は落ちており、500KHzで動作した。このCPU  は日本の精工舎との共同開発によるものである。i4004と同じくPMOSを  使用している。
i8080 (intel 8080) Intelが1974年に発売した、同社の第2世代の8ビット  MPUi8008はi4004と同じPMOSだったが、i8080はNMOSに変更されて  いる。またクロック数が2000KHz、つまり2MHzと、大幅に上昇した。  i8080の命名はi8008より、ちょっとだけ性能を上げました、という意味。  しかし実際には、かなり上がったものと思われる。このCPUの開発はi4004  と同じ嶋・ファジン組が行った。  世界初の「成功した」パソコンである、MITS社のAltairはこのi8080を  CPUとしていた。このAltair上で Paul AllenとBill Gatesが BASICを作成。  それがMicrosoftの出発点となる。またゲアリー・キルドールとジョン・  トロードはこの8080上で動作する初めての汎用OSCP/Mを開発。これが  Digital Researchの出発点となる。    MITS社はAltair用のソフトを開発した企業を一同に集めるビジネス・フェ  アも開催しており、i8080はまさにパソコン文化を創成したCPUといえる。  なお、この8080の互換CPUとしては、Zailog社のZ80がある。この会社  はそもそも i8080の開発スタッフである、フェデリコ・ファジンらが  インテルから独立して興した会社である。更にはZ80の互換CPUとして  日本電気のμPD780もある。これはPC8801に搭載されたCPUである。
i8086 (intel 8086) Intelが1978年に発売した、同社初の16ビットCPU。  HMOSを採用。当初の動作クロック数は5MHzであるが、後に8MHz,10MHzの  モデルも出た。  i8080は8ビットの汎用レジスタ A,B,C,D を持っていたが、8086ではこれ  らが16ビットに拡張されて AX,BX,CX,DX と呼ばれる。これを8ビットに  分割して、下位をAL,BL,CL,DL, 上位を AH,BH,CH,DH として別々に使用  することもできた。また AL,BL,CL,DL は基本的に 8080用のソフトから  は A,B,C,D に見えるようになっていた。そのようにして 8086は8080か  らの上位互換を維持していた。    MSDOSはこの8086のアーキテクチュアを元に作られたOSである。また  8080用のOSであったCP/MもこのCPU上に移植されてCP/M16 が生まれた。  このCPUは20ビットのアドレッシングを行っており、1MBまでのメモリ  空間が使用できる。ただし実際には 640K(一部の機種では768K)よりも  上のアドレス空間は、周辺機器とのインターフェイスのために使用さ  れた。また、8086のメモリ指定は BASEレジスタとそこからのオフセッ  トという形式を取ったため、プログラムやデータをメモリ内で再配置  することが可能であった。つまり8086 は初めてマルチタスクを意識  した CPU ということがいえる。実際、N5200PTOSのように、  8086上でマルチタスクを実現したOSが当時、いくつかあった。
i8087 (intel 8087) Intelが1980年に発売した、高速演算プロセッサ。  通常、8086に付加して使用する。    一般に「浮動小数点演算装置」などと言われるが、むろん浮動小数点  数だけでなく、固定小数点数や十進数なども取り扱える。ただし内部  では全て、80ビットの Temp Real という形式に変換されて処理される。    i8086上のプログラムでi8087を意識する場合、次の3通りの組み方があ  った。  (1)全ての演算を8087で行う。   この方法は高速だが、8087を装備していないマシンで実行すると   ハングアップする。  (2)全ての演算を8086で行う。   この方法は確実だが、せっかく8087を買った人がその恩恵を受けない。  (3)割り込みの技法により、8087があれば使う。   この方法は8087が装備されている場合とされていない場合で、演算   処理を行う時の割り込みベクトルを変更しておくというものである。   このため、8087が装備されている時は(1)よりわずかに遅く、8087が   装備されていない時は(2)よりわずかに遅いが、汎用ソフトなどでは   最良の選択である。  なお、TempRealの実際の形式については下記参照のこと。  http://homepage1.nifty.com/anecs/comp/develop/data/8087.htm