Windows マイクロソフトが開発したパソコン用OS。正確にはMicrosoft Windows。 
 同じ名前は使用していても実際の中身に関しては、各バージョンによってかなり 
 異なるものがあるが、ものすごく大雑把に言えば、下記の3系統に別れる。 
  
  (1) Interface Manger → Windows 1.0Windows 2.0Windows/386 
  (2) Windows 3.0Windows 95Windows98Windows Me 
  (3) Windows NTWindows 2000Windows XPWindows 2003Windows VISTA  
   
  Vista以降はWindows 7 Windows 8 Windows 10 と改定されてきている。 
 各バージョンの細かい機能や開発経緯などについては上記の各項参照のこと。 
  
 (1)は古い16bitソフトウェアであり、メモリブロックのサイズが事実上64KB 
 に限られたり、MSDOSアプリケーションが動作しないなど、色々制約が厳しかった。 
  
 (2)はWindows 2.x の中で32bitモードで動作しない所をDave Weissが徹底的 
 に調査して書き直した私的な試作品をベースにしており、初めて実用的な 
 レベルに到達したWindowsであり、爆発的なヒットとなって高価なOS/2や 
 開発が遅れに遅れていたMacintoshを尻目に、ビジュアル・インターフェイス 
 の新しい代表となった。 
  
 (3)はDECの新OSを開発していたDave Cutlerとそのチームが、DEC社がその 
 新OSプロジェクトを中止してしまい行き場所がなくなったのをBill Gatesが 
 救済し、Microsoft社内で自由に研究してもらった結果生まれた新型OSをコア 
 にしている。製品化するに当たってはビジュアル・インターフェイスの部分 
 をMicrosoft社内のWindows3.xに精通している技術者たちが改造し、専門家で 
 なくても扱うことのできるOSとなるよう調整した。 

Windowsキー (Window specific key) Windows用パソコンのキーボードに  付いているWindowsのロゴマークが刻印されたキー。押すとスタートメニュー  が起動される。またWindowsキーと他のキーとの組合せで各種の操作も可能で  ある。その主な物を下記にあげる(これは意外に知られていない)。     Windows + M 全てのウィンドウをアイコン化する(タスクバーに収める)   Shfit + Windows + M 上記の逆操作   Windows + F 検索ウィンドウを開く   Windows + R 「ファイル名を指定して実行」ウィンドウを開く   Windows + F1 Windowsのヘルプを開く
Windowsの主な開発コードネーム   Chicago Windows95   Daytona WindowsNT 3.51   Detroit Windows95_OSR2   Cairo  Windows2000(の一部)   Memphis Windows98   Millennium Windows Me   Whistler Windows XP   Longhorn Windows Vista   Blackcomb 放棄   Fiji   Windows Vista SP1   Vienna Vistaの次のWindows
Windows_1.0 VisiCalcの発売元であるVisiCorp社のVisiOnの発売に対抗して  マイクロソフトが発売した「ビジュアルな操作環境」。1985年11月18日に発売  された。この時点で既にCalendar, Clock, Notepad, Caluculator, Cardfile,  WindowsWrite, WindowsPaint, Terminal, それに Reversi も添付されている。  MS-DOS Executive(DOS窓)も入ってはいるがこの当時のDOS窓は互換性が悪く  よほどお行儀のよいソフトでなければここでは実行できなかったらしい。    マイクロソフトはMSDOSを開発した際に当時出ていた各社のマシンやOSを  深く研究しており、その際にXeroxのStarにも注目していた。しかしMSDOS  (当時はPC-DOS)の初期リリースにはこのコンセプトを盛り込むことは困難で  あったため、1981年8月にIBM-PCとともにPC-DOS1.0がリリースされるのを  待って、1981年9月社内で小さなプロジェクトを起こして、新しいビジュアル  ・インターフェイス"Microsoft Interface Manager"の開発を始めた。しかし  その開発は困難を極めた。    そうこうしている内に1982年秋、VisiCorp社が同様のコンセプトのVisiOn  を1年後に発売すると発表し、更に1983年1月にはIBM-PCによりそれまでの  人気パソコンAppleIIの売り上げが落ちてその挽回を狙うApple社が画期的な  マシンLisaを実際に発売。Microsoftの危機感は極めて大きくなる。    Interface Managerの最初のデモは1981年末に行われているが、この時点では  後のWindows95のように画面下部にメニューバーがあり、MultiplanやMSWord  などと親和性のあるインターフェイスが採用されていた。しかし1982年に行わ  れたデモではXeroxのStarライクなプルダウンメニューに変更されていた。  そして1983年10月に予告通りVisiOnが発売されるとマイクロソフトは翌月10日、  Microsoft Interface Managerの1年後の発売を予告した。  しかしマイクロソフトが実際にこのソフトを発売できたのは発表の2年後の  1985年11月。当初の予定から丸1年遅れてしまった。しかも発売されたもの  はデモの時とはまるで違う、極めて操作性の悪いものになっていた。当然  このソフトはほとんど売れていないし、この実際に動いている画面を見た人  は時代の貴重な証人である。筆者もこれまでに「使っていた」という人には  まだ一人しか出会ったことがない。  この操作性の悪さは当時、このプロジェクトの開発を支援するために、元々  こういうインターフェイスを開発したPARCの技術者を引き抜いてきたのが、  そのリーダー格の人がStarやLisaのようなオーバーラップウィンドウを嫌い、  タイルドウィンドウにこだわったためである。(但しアラートだけは  他のウィンドウにオーバーラップする)  しかしその時は既に1984年1月にAppleがMacintoshを発売しており、見栄え  で劣るWindows 1.0 は多くの人に「Macintoshの下手な猿まね」という誤解  をされるはめになり、その後多くのアンチMS技術者を生み出す元にも  なってしまった。実際には、VisiOn, Lisa/Macintosh, Windowsは全て  ALTO/Starをベースにしており、別にWindowsがMacintoshを真似たわけ  ではない。Macintoshの意義はこういう環境のマシンを世界で初めて商業的に  成功させたことにある。
Windows_2.x Windows 2.0, Windows 2.1の総称。
Windows_2.0 マイクロソフトが1987年9月に発売したユーザーインターフェイス。  このWindows2.0での1.0からの最も大きな変化はウィンドウの形式を  タイルドウィンドウから、元々のオーバーラップウィンドウに戻したこと  である。    タイルドウィンドウの場合、ウィンドウの重なりを原則として許さないので、  実行中の全てのアプリケーションのウィンドウを完全に眺めることができる。  これがWindows1.0の開発を指揮したPARC出身の技術者が主張した「利点」で  あるが、実際にはユーザーは、そしてWindows開発チームの大半の技術者も、  各アプリケーションの画面が重なり合うStarMacintoshのウィンドウ管理  方式のほうを快適と感じた。なによりもタイルドウィンドウ方式では、どれか  ひとつのウィンドウを広げようとすると他のウィンドウが強制的に縮められて  しまうため、各ソフトが他のソフトからの影響をもろに受けてしまうのである。    Windows2.0の開発は、このインターフェイスの改善ともうひとつはWindows1.0  の発売とほぼ同時期にマイクロソフトがMacintosh用にリリースした画期的な  新世代の表計算ソフトであるExcelをこの環境で動作させることを目的として  行われた。また、Windows2.0は当時IBMがPCDOS(=MSDOS)の後継OSとして1985年  に発売していたTopViewの上でも動くようにすることも目的としていた。  またWindows2.0ではEMSに対応し、初めて640KBの壁を越すプログラムの  作成が可能となっていた。  Windows2.0は初めて消費者に受け入れられたWindowsであり、なんといっても  高価なMacintoshを買わなくても、普通に出回っているIBM-PCで、こういった  ビジュアルな操作環境が手に入るというインパクトは大きかった。しかも当時  のMacintoshがまだシングルタスクであったのに対してWindowsは最初からマルチ  タスクであり、複数のWindowsプログラムを同時に起動して使用することができ  るようになっていた。ただ当時の雑誌記者たちはまだその「マルチタスク」の  利点にあまり気付いていなかった。