PC3-8500 メモリーモジュールの規格のひとつ。メモリーチップとしてDDR3-1066 
 つまり1066MHzDDR3 SDRAMを搭載したDIMM(240pin,ノート用204pin)。 
 最大転送速度が8.5GB/sなのでPC3-8500と称する。 

PC3-10600 メモリーモジュールの規格のひとつ。メモリーチップとしてDDR3-1333  つまり1333MHzDDR3 SDRAMを搭載したDIMM(240pin,ノート用204pin)。  最大転送速度が10.6GB/sなのでPC3-10600と称する。
PC3-12800 メモリーモジュールの規格のひとつ。メモリーチップとしてDDR3-1600  つまり1600MHzDDR3 SDRAMを搭載したDIMM(240pin,ノート用204pin)。  最大転送速度が12.8GB/sなのでPC3-12800と称する。
PC3L-12800 メモリーモジュールの規格のひとつ。メモリーチップとしてDDR3L-1600  つまり1600MHzDDR3 SDRAMを搭載したDIMM(240pin,ノート用204pin)の低電圧  タイプ。最大転送速度が12.8GB/sなのでPC3L-12800と称する。通常のPC3は1.5Vだが  PC3Lは1.35V。
PC-6001 日本電気が1981〜1984年に発売した8ビットパソコン。PC8001の  更に下位の系統になる。CPUはいづれもZ80互換のμPD780C-1。  1981 PC-6001    89,800円 「パピコン」  1983 PC-6001MK2   84,800円 Graphic     PC-6601    143,000円 Graphic 3.5inFD付  1984 PC-6001MK2SR  89,800円 Graphic FM音源     PC-6601SR   155,000円 Graphic FM音源 3.5inFD付 「Mr.PC」  価格帯的にちょうどMSXの対抗機になるが実際にはMSXに勝ったのは上位  のPC8801シリーズの方である。逆にいうと日本電気はPC6001を持っていた  ためにMSXを出さなかったようである。  →PC88
PC-8001 日本電気が1979〜1985年に発売した8ビットパソコン。下記の  製品がある。CPUはいづれもZ80互換のμPD780C-1。  1979 PC-8001   228,000円  1983 PC-8001MK2  123,000円  1985 PC-8001MK2SR 108,000円  →PC88
PC-8201 日本電気が1983年に発売した8ビットパソコン。PC88系の多くの  マシンがZ80互換の日本電気製CPU μPD780Cを採用している中で、この  パソコンはインテルの 80C85 を採用した珍しいマシンである。基本的  にはPC8001系列の傍系と思われるが、これ一台だけで、後継機はでな  かった。  →PC88
PC-8801 日本電気のベストセラー8ビットパソコン。下記に捕捉できている  分だけ示す。  1981 PC-8801   228,000円 μPD780C-1  1983 PC-8801MK2  168,000〜 μPD780C-1×2  1985 PC-8801MK2TR 288,000円 μPD780C-1     PC-8801MK2SR 168,000〜 μPD780C-1     PC-8801MK2FR 99,800〜 μPD780C-1     PC-8801MK2MR 238,000円 μPD780C-1  1986 PC-8801FH   99,800〜 μPD70008AC-8     PC-8801MH  208,000円 μPD70008AC-8  1987 PC-8801FA  168,000円 μPD780C-1 + μPD70008AC-8     PC-8801MA  198,000円 μPD780C-1 + μPD70008AC-8     PC-88VA   (資料無) (資料無し)  1985年以降の機種にはFM音源が標準装備されている。価格に「〜」が  付いているマシンは表示されているのがフロッピーの無いタイプ(MODEL10)。  フロッピー(5inch)が1機付いたMODEL20, 2機付いたMODEL30はそれだけ  高くなる。初代のPC-8801はフロッピーは外付けするしか無かった。    PC-8801はワープロソフトなどのビジネス用ソフトがある程度出たのに  加え、極めて多数のゲームソフトが作成され、主としてゲーム機として  大きなセールスを上げた。ゲーム機としては当時MSXが生まれた時代で  あるが、結局MSXはあまり売れず、簡単なゲームは任天堂のファミコン、  込み入ったゲームはPC-8801で作られたのである。ただし任天堂のファ  ミコンよりPC-8801の方がソフトの作成に最低限必要な技術はずっと  小さいので、ソフトの品数としてはこちらが任天堂より遙かに多いで  あろう。しかしヒットしたソフトはたいていファミコン版も出ている  し、売れたソフトの合計本数としては当然ファミコンが遙かに多い。  →PC88
PC-9801 日本電気の16ビット/32ビットパソコンで、当時国内のパソコンの  標準機の地位を持っていたマシン。1986〜1993年頃のシェアは7〜8割を  取っていたものと思われる。  機種は非常に多いので、一覧は別途下記に示す。特殊な機種は捕捉でき  ていないかも知れない。また私が興味を失ってしまった1996年以降の  マシンが抜けている。  http://www.ffortune.net/comp/history/pc9801-list.htm  最初のPC9801は1982年に発売された。μPD8086 5MHz, MM=128KBという  マシンだが、この時期にオフィスの中核で動いているオフコンのメモリ  が24KBとか48KBという時代である。まさに「大容量」のメモリーを搭載  していた。PC98は初めからオフコンより強力だったのである。  PC9801のアーキテクチュアが完成するのは1986年のPC9801vm21である。  これ以降、1993年にPC9821が登場するまでPC98の基本的なアーキテク  チュアは一切変更されなかった。vm21はCPUに8086の上位互換CPUである  日本電気製のμPD70116(通称V30)を搭載しており、メモリーはMSDOSで  利用できる限界の640KB, 5インチのフロッピーを2機搭載していた。    IBM-PCではフロッピーとハードディスクがあった時、ハードディスクの  無いマシンで動いていたソフトのフロッピーをそのまま挿してもうまく  動くように、フロッピーに A: B: を割り当て、ハードディスクは C:  にしている。しかしPC98では、フロッピーで動いていたソフトをそのま  まハードディスクにコピーしても動作してくれるように、ハードディスク  を A: にして、フロッピーは B: C: にする。どちらの考えもそれなりに  ユーザーに配慮しているのだが、この違いに、両方のマシンを使っている  人は随分苦しめられた。フロッピーを初期化するつもりでハードディスク  を誤って初期化してしまい、気が付いてから呆然とした人も多いであろう。  9801シリーズで最初の32ビット機は1988年7月のPC-9801RAである。私が  最初にWindowsのプログラムを開発したのは RA5 386-16MHz, 40MHDという  スペックのマシンである。定価736,000円。標準では640Kしかメモリーを  持っていないので、Windows/386 (Windows 2.0 を 386 CPU用にアレンジ  したもので、Windowsシリーズで最初に本格的マルチタスクを実現したOS)  を動作させるために、メモリーを3MB増設した。メモリーボード1Mを1枚と  サブボード1Mを2枚である。この40MBのハードディスクで200本近いWindows  のソフトを組んだのである。当時はプログラムサイズ(データ部を除く)を  事実上64KB以内に抑える必要があったので、何かの機能を追加する時は  一番使いそうにない何かの機能を外すなどという、厳しいプログラミング  をしていた。(Large Modeにすればそれ以上使えたがLargeモードのプロ  グラムは当時のWindowsではガーベジ・コレクティングとの相性が悪く、  1日中動かしている業務用マシンではとても利用する勇気はなかった)