Mosaic インターネットブラウザの一つ。1993年9月にイリノイ大学NCSAが 
 開発した。このMosaicの発表がインターネットのホームページ・ブームを 
 世界的に引き起こし、このMosaicを元にしたNetscape, その対抗製品の 
 Internet Explorerを産み出すこととなった。 
 →WWW,Netscape

MOST (Media Oriented Systems Transport) ヨーロッパで規格化が進みつつ  ある車内LANの規格。
MOT (Ministry Of Transport) 運輸省。
MOT (Microsoft Official Trainer) マイクロソフトが自社製品のデモン  ストレーター・インストラクターに認定している資格制度。  →MOUS
Motif OSFが1989年頃に作成したX-Windowのガイドライン。
Motion_JPEG JPEG圧縮された画像を連続表示して動画にする技術。MJPEGとも。
Motorola モトローラ。アメリカの通信機器・電子機器メーカー。コンピュータ  の分野では68系CPUおよびPowerPCの製造元として名高いが通信の分野  でも古くから定評がある企業である。    1928年、Paul V. Galvin(1895-1959)とJoseph E. Galvin(1899-1944)の  兄弟がシカゴでラジオ用のバッテリーアダプタを製造販売する会社の権利を  買い取り、9月25日にGalvin Manufacturing Corporationを設立した。Paulの  奥さんが社長秘書兼会計担当であった。    同社は1930年にはカーラジオを発売するが、この時車のMotorという単語に  格好いい感じの語尾を付けて Motorola という商品名を考えた(異説:Motor  と当時あったレコードプレーヤーVitorolaとの合成語)。これが「モトローラ」  の始まりである。    1936年には警察用に、警邏中の警官が移動中に警察無線を受信できる専用機  を開発した。これは世界初の携帯(というより移動式)無線機かも知れない。  1940年には軍用の無線機も開発。これは第二次大戦中ずっと使用された。    その1940年にDaniel E. Noble(1902-1980.1965年からは副会長も務めた)が  入社。彼はFMラジオと半導体技術の開発で大いに貢献した。ラジオの分野では  1937年に(現代のカーラジオでは標準となっているような)ボタンで局を選べ  るラジオ、1941年にFMラジオ、1943年に20〜30kmの距離まで電波が届く軍用  携帯型FM無線機(重さ15kg)を発売している。むろん「携帯」とはいっても  この重さのものは通常背中にしょって歩くことになる(Walkie-Talkieという)。    1947年社名をMotorolaに変更。この時期からこの会社は車用品関係の会社と  いう位置から電子機器メーカーという方向性に転換し始める。この年最初の  テレビを発売。1949年にはアリゾナ州Phoenixに半導体の研究所を設置した。  なお1948年にPaul Galvinの子供のRobert W. Galvin が副社長に就任した。  (1956年から社長。1969〜1986年はCEO。その後1990年まで会長,2001引退)    半導体関係の開発の成果が出始めるのは1952年からでこの年トランジスタの  生産を始め、1955年にはトランジスタラジオを発売する。1958年には初めて  車のエンジンを停めている時でもバッテリーだけで長時間動作するタイプの  ラジオも発売して人気商品となった。この頃Motorolaが発売していた携帯型  ラジオは前世代がWalkie-Talkieであったのに対して Handie-Talkieと呼ばれ  るが1962年に出たモデルなどは900グラムであり本当に手で持てるものになっ  ていた。    1962年金星探査機マリナー2号にモトローラ製の無線中継器が搭載された。  1969年に月に行ったアポロ11号からアームストロング船長の「この一歩は  人類にとっての大きな跳躍」という言葉を伝えたのもモトローラ製の無線機  である。1976年の火星探査機バイキング、1977年の惑星探査機ボイジャー  にも同社製の無線機が搭載された。ボイジャーは12年後の1989年には海王星  の映像を送ってきてくれた。    1964年社長はElmer H. Waveringに交替した。  1970年社長はWilliam J. Weiszに交替した。  1980年社長はJohn F. Mitchellに交替した。  1988年社長はGeorge M.C. Fisherに交替した。  1965年には初のポケットベル「Pageboy」(ATTの商品名はBellboy)を発売  した。またフォード自動車用に車用テープレコーダも開発した。1967年には  初のトランジスタテレビも発売した。1969年には初のICラジオが登場した。  なおテレビ部門に関しては無線通信および半導体関係により専念するため  1974年松下電器に売却された。    現在モトローラの主力商品のひとつにもなっている携帯電話は1969年頃から  開発が始まり、1977年に試作品が作られ1983年から商品化された。    一方、モトローラの別の主力商品となるパソコン用CPUの分野では1975年に  8ビットCPUMC6800をリリースしたのを機に、1979年には16ビットの  MC68000, 1984年に32ビットのMC68020が発売された。1991年からは  IBM,Appleと共同でPowerPCの開発に取り組んだが、やがてIBMと袂を分かち  同じ「PowerPC」の商品名で互換性のないCPUがIBMとMotorolaの両者から  販売される事態となって消費者を混乱させた。  1990年Robert W. Galvinが引退。George M.C. Fisher社長兼CEOが会長兼CEO,  Gary L. Tookerが社長兼COOとなった。 そして創業者Paul Galvinの孫の  Christopher B. Galvinが副社長となる。(1993社長,1997CEO,1999会長)  この年モトローラはIridiumの開発を公表した。これは今ま衛星通信といえ  ば静止衛星をみな考えていたのを静止衛星ではない77個の低空衛星(LEO)  で地球の空を覆い尽くし、それで世界中どこでも通じる携帯電話を作ろうと  いう画期的な発想であった。これは1998年にサービス開始したが、あっと  いう間に挫折したことは周知の通りである。2000年夏、モトローラのほかに  日本のDDIなども出資していたイリジウムの運営会社は倒産した。    1997年社長はRobert L. Growneyに交替した。2002年1月社長はいったん  Edward D. Breen に交替したがわずか6ヶ月で退任。7月にMike Zafirovski  が新しい社長に任命された。この交代劇は様々な憶測を呼んだ。
MOUS (Microsoft Office User Specialist) マイクロソフトOfficeユーザー  検定試験。  →MOT
mount →マウント
Mova ムーバ。NTTが1991年4月に発売した携帯電話。それ以前のモデル  から飛躍的に小型化され、多くの「ふつうの」人達に『こんなものなら  持ち歩いてもいいかな』と思わせた画期的な端末である。    NTTはTVCMでは「これはもう携帯電話ではない。ムーバだ」といった感じの  前衛的なコピーを付けて(映像も前衛的だった)その衝撃的なほどまでに  コンパクトボディを披露した。    ムーバはそれ以前のモデルから高さで半分、厚さで3分の1という極端な  小型化が行われており、これはなんといってもバッテリー技術の進歩が  大きい。  この端末の商業的な成功に乗じて翌1992年7月NTTは携帯電話を扱うための  子会社DoCoMoを発足させた。このため1991.04〜1992.07に発売された  ムーバにのみ NTT のロゴが入っている。