Microsoft 世界最大のソフトメーカー。MSDOS,Windowsの開発元。 
 1974年Bill GatesPaul Allenにより設立された。 
  
 設立に至る経緯はBill Gatesの項参照。 
  
 当初はAltairなどのi8080ベースのパソコン用BASIC周辺システムを主力 
 商品としていたが、1978年いくつかの偶然の重なりからIBMのパソコン制作 
 に協力することになり、IBM-PC(1981年発売)のためにPC-DOSを制作する 
 こととなった。このOSはIBMとは別にMicrosoft側でもMS-DOSの名前で販売 
 することになり16bit CPU 時代の事実上の標準OSとして広く使用された。 
  
 1981年から1995年にかけてのMicrosoftの動きはIBM,Appleとあわせて三者の 
 関係の中で語る必要があるであろう。 
  
 MicrosoftはMSDOSを完成させると1981年9月にはすぐに次世代のOSの開発に 
 取り組むが、開発は難航し、そのWindowsが出荷できたのは1985年11月で 
 あった。一方Appleは1979年から新しいゲーム機の開発を進めていたが、 
 開発の途中でAlan KayALTOを知り、そのコンセプトを取り込んで 
 1983年にLisaを完成させる。(要するにAppleもMicrosoftもこのシステム 
 の作成に4年かかった) 
  
 しかしLisaはソフトがそろわないために商業的には完璧に失敗し、Appleは 
 Lisaと平行して進められていた別のプロジェクトで作られたMacintoshを 
 市場に投入することになるが、この新しいマシンではソフトの制作を外部に 
 解放することにし、当時BASICで有名であったMicrosoftに Macintosh-BASIC 
 の制作を依頼する。しかしMicrosoftのBill GatesはBASICのようにマニアや 
 ソフト開発者だけが使えるツールよりも、Macintoshのように誰でも使える 
 機械には誰でも使えるソフトである表計算ソフトのほうがふさわしいと 
 提案し、ここにExcel(1985)が生まれることとなった。 
  
 Bill Gatesはモトローラ製のCPUで動いているMacintoshのシステムをIBM-PC 
 にも移植することを勧めるが、Apple側はそれを断る。 
  
 一方のIBMは1981年にIBM-PCを完成させた際には外部の協力を仰いだが次期 
 システムはIBM社内で開発することにし、まず1985年に新しいOSTopViewを 
 リリースしたが、このOSは従来のPC-DOSと互換性がなかったため市場は受け 
 入れてくれなかった。しかしMicrosoftはIBMのその動きを警戒。その年に 
 発売を予定していたWindowsをTopView上でも動かすと言ってIBMに再接近。 
 IBM側もTopViewの失敗は反省していたため、TopViewの次期OSは再びMicrosoft 
 と共同で開発することを決定。OS/2のプロジェクトがスタートする。 
 このOSはMSDOSとの上位互換性もある上になんといってもIBMとMicrosoftの 
 共同プロジェクトということで、市場は歓迎し、OS/2は発売前の1987年から 
 大きなブームとなった。 
  
 しかしこのプロジェクトは実は早々に空中分解してしまう。両者の開発思想 
 の違いから、遅々として作業は進まなかった。両者の決裂が見えてきた頃の 
 1990年。 IBMはAppleがMacintoshのシステムをモトローラのRISC 88000 に 
 乗せ変えるプロジェクト(Hurricane)を進めていることを知り、Microsoft 
 を諦めて次のパートナーとしてAppleを想定し、MacintoshをどうせRISCに乗せ 
 変えるのであればIBMのRISCである Power に乗せてはどうかと提案する。 
 そしてAppleはこの話に乗ってしまった。 
  
 実際にはApple側の88000への移行作業はかなり進んでいていまさら全く命令 
 体系が違うPowerへの乗せ替えは、全てをやり直すことを意味したため、結局 
 IBMはモトローラと交渉し、Powerに 88000の命令体系を加えた特殊なCPU 
 PowerPCを作ることにし、Macintoshは実際にはPowerPCに移植された。 
 PowerPCベースのMacintoshは1994年に発売された。IBMは気をよくしてApple 
 にいっそのことIBMと合併しないかという話を持っていく。しかしAppleの 
 Spindler会長は図に乗ってIBM側にあまりにも大きすぎる条件を提示したため 
 IBMは呆れ返り、1994年11月、この話は御破算になってしまった。あわせて 
 両者の距離は開いていく。 
 そしてこのIBMとAppleの蜜月時代が終わりを告げた時、OS/2のプロジェクト 
 から決別し、独自の道を孤独に歩んでいたMicrosftは新しいOSWindows95 
 を完成させつつあった。 
  
 1995年Windows 95が発売されてみると、そのOSはMacintoshが早くから 
 予告はしていたもののどうしても実現できずに苦悩していたマルチタスク 
 が実現されており、OS/2ほどではないもののかなり安定して動作するOSと 
 して、ビジネス分野でも十分使用に耐えるものに仕上がっていた。Microsoft 
 はこのOSの発売に、社運を掛けて、今までのソフトウェアの宣伝としては 
 考えられなかったような大々的なキャンペーンを展開。この大胆な賭けが 
 みごとに成功して、Windowsはあっという間に、今までMacintoshが占めてい 
 たような、簡単に操作できるマシンを好む人にも、今までOS/2が占めていた 
 ような、本格的なビジネスソリューションの分野でも、広く受け入れられる 
 ことになった。 
  
 1995年はMicrosoftがコンピュータの分野でトップに立った年である。 
  
 そして1995年から2002年頃に至るMicrosoftは、今度は追われる立場となり、 
 また多くのアンチを生み出しつつも必死にその座を守ろうとする姿をさらす 
 ことになっていく。 
  
 最初の「衝撃」は思わぬ所から出た。Windows95が発売される前年の1994年、 
 小さな企業が誕生していた。Netscapeである。同社は当時注目されつつ 
 あったインターネットのシステムの上で動くWWWのサービスにアクセス 
 するためのソフトを開発していた。Microsoftは当初この動きを軽視してい 
 たがNetscapeが売れ始めると、これはただならぬものであることに気付く。 
 そこでWindows95にもインターネットにアクセスするための機能を追加しよ 
 うとするが結局これはWindows95の発売には間に合わず、あとで Plus! と 
 いう形で追加するハメになった。 
  
 その後のNetscpaeとMicrosoftの戦いは熾烈を極めたが、Microsoftの勝利 
 で決着が付くのは1997年頃である。 
  
 しかしその頃、既に別の戦いも始まっていた。やはりWindows95の出た年 
 1995年にSun Microsystemsが小さな技術Javaを発表する。Microsoftは 
 最初はこれに好意的に反応して、Internet ExplorerでJavaが利用できる 
 ようにしたりVisual J++などといった軽快でビジュアルなJava開発環境 
 を販売したりしていたが、次第にSunと路線の違いが明確になっていく。 
  
 Sunとしては折角作ったJavaをできるだけ色々な環境で使って欲しいので 
 マシンやOSなどのプラットフォームに依存せずに動くソフトを作って欲し 
 い。しかしMicrosoftはせっかくこういう便利なものがあるならWindowsの 
 機能を直接呼び出せるようにして、Windows用のソフトも開発できるよう 
 になっていって欲しい。 
  
 両者の対立は次第に深刻になり、やがて法廷闘争にまで持ち込まれること 
 になってしまう。そしてMicrosoftはJavaに対して冷たい態度を取り始め 
 Java2が発表されてもそれを同社のJava実行環境には搭載せず、また 
 Visual C#.NETというJavaクローンの発売を強行した。Microsoftとして 
 はこの開発ツールなら「Java」という言葉を使っていないから、同社が 
 Javaに期待していた「Windows用の簡単なソフト作成ツール」というもの 
 が実現できるわけである。 
  
 両者は2002年12月現在まだ対立したままであり、Java自体は1.4まで進化 
 して、正規表現などの機能が加わり、かなり強力な環境に進化してきたが 
 Internet Explorerにはいまだに1.1相当の実行環境しか搭載されていない。 

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