MOS (MOSt delicious/ Mountain-Ocean-Sun) ハンバーガーショップの名前。 

MOS (Metal-Oxide-Semiconductor) 金属酸化物半導体。  この名称は知らない人にはかなりの誤解を与える。これでは金属の酸化物を  利用した半導体のように聞こえるが、実は金属と酸化物と半導体をこの順に  接合した素子のことである。  金属(導体)は主としてアルミニウムを使用し、酸化物(絶縁体)は主として  酸化珪素を使用し、半導体は主として珪素半導体を使う。これはシリコンの  基板に印刷技術の応用で生成できるのがミソである。  この構造物はFET(電界効果トランジスタ)として利用できるので、これを  使用してICを作ることができる。現在のコンピュータはほとんどがこの  MOSの素子で作られている。基本的にNMOSとPMOSに分類されるが実際によく  使用されているのはNMOSとPMOSを同時に生成したCMOSである。  →FET,トランジスタ,CMOS
MOSFET MOS素子で作られたFET
Mosaic インターネットブラウザの一つ。1993年9月にイリノイ大学NCSAが  開発した。このMosaicの発表がインターネットのホームページ・ブームを  世界的に引き起こし、このMosaicを元にしたNetscape, その対抗製品の  Internet Explorerを産み出すこととなった。  →WWW,Netscape
MOST (Media Oriented Systems Transport) ヨーロッパで規格化が進みつつ  ある車内LANの規格。
MOT (Ministry Of Transport) 運輸省。
MOT (Microsoft Official Trainer) マイクロソフトが自社製品のデモン  ストレーター・インストラクターに認定している資格制度。  →MOUS
Motif OSFが1989年頃に作成したX-Windowのガイドライン。
Motion_JPEG JPEG圧縮された画像を連続表示して動画にする技術。MJPEGとも。
Motorola モトローラ。アメリカの通信機器・電子機器メーカー。コンピュータ  の分野では68系CPUおよびPowerPCの製造元として名高いが通信の分野  でも古くから定評がある企業である。    1928年、Paul V. Galvin(1895-1959)とJoseph E. Galvin(1899-1944)の  兄弟がシカゴでラジオ用のバッテリーアダプタを製造販売する会社の権利を  買い取り、9月25日にGalvin Manufacturing Corporationを設立した。Paulの  奥さんが社長秘書兼会計担当であった。    同社は1930年にはカーラジオを発売するが、この時車のMotorという単語に  格好いい感じの語尾を付けて Motorola という商品名を考えた(異説:Motor  と当時あったレコードプレーヤーVitorolaとの合成語)。これが「モトローラ」  の始まりである。    1936年には警察用に、警邏中の警官が移動中に警察無線を受信できる専用機  を開発した。これは世界初の携帯(というより移動式)無線機かも知れない。  1940年には軍用の無線機も開発。これは第二次大戦中ずっと使用された。    その1940年にDaniel E. Noble(1902-1980.1965年からは副会長も務めた)が  入社。彼はFMラジオと半導体技術の開発で大いに貢献した。ラジオの分野では  1937年に(現代のカーラジオでは標準となっているような)ボタンで局を選べ  るラジオ、1941年にFMラジオ、1943年に20〜30kmの距離まで電波が届く軍用  携帯型FM無線機(重さ15kg)を発売している。むろん「携帯」とはいっても  この重さのものは通常背中にしょって歩くことになる(Walkie-Talkieという)。    1947年社名をMotorolaに変更。この時期からこの会社は車用品関係の会社と  いう位置から電子機器メーカーという方向性に転換し始める。この年最初の  テレビを発売。1949年にはアリゾナ州Phoenixに半導体の研究所を設置した。  なお1948年にPaul Galvinの子供のRobert W. Galvin が副社長に就任した。  (1956年から社長。1969〜1986年はCEO。その後1990年まで会長,2001引退)    半導体関係の開発の成果が出始めるのは1952年からでこの年トランジスタの  生産を始め、1955年にはトランジスタラジオを発売する。1958年には初めて  車のエンジンを停めている時でもバッテリーだけで長時間動作するタイプの  ラジオも発売して人気商品となった。この頃Motorolaが発売していた携帯型  ラジオは前世代がWalkie-Talkieであったのに対して Handie-Talkieと呼ばれ  るが1962年に出たモデルなどは900グラムであり本当に手で持てるものになっ  ていた。    1962年金星探査機マリナー2号にモトローラ製の無線中継器が搭載された。  1969年に月に行ったアポロ11号からアームストロング船長の「この一歩は  人類にとっての大きな跳躍」という言葉を伝えたのもモトローラ製の無線機  である。1976年の火星探査機バイキング、1977年の惑星探査機ボイジャー  にも同社製の無線機が搭載された。ボイジャーは12年後の1989年には海王星  の映像を送ってきてくれた。    1964年社長はElmer H. Waveringに交替した。  1970年社長はWilliam J. Weiszに交替した。  1980年社長はJohn F. Mitchellに交替した。  1988年社長はGeorge M.C. Fisherに交替した。  1965年には初のポケットベル「Pageboy」(ATTの商品名はBellboy)を発売  した。またフォード自動車用に車用テープレコーダも開発した。1967年には  初のトランジスタテレビも発売した。1969年には初のICラジオが登場した。  なおテレビ部門に関しては無線通信および半導体関係により専念するため  1974年松下電器に売却された。    現在モトローラの主力商品のひとつにもなっている携帯電話は1969年頃から  開発が始まり、1977年に試作品が作られ1983年から商品化された。    一方、モトローラの別の主力商品となるパソコン用CPUの分野では1975年に  8ビットCPUMC6800をリリースしたのを機に、1979年には16ビットの  MC68000, 1984年に32ビットのMC68020が発売された。1991年からは  IBM,Appleと共同でPowerPCの開発に取り組んだが、やがてIBMと袂を分かち  同じ「PowerPC」の商品名で互換性のないCPUがIBMとMotorolaの両者から  販売される事態となって消費者を混乱させた。  1990年Robert W. Galvinが引退。George M.C. Fisher社長兼CEOが会長兼CEO,  Gary L. Tookerが社長兼COOとなった。 そして創業者Paul Galvinの孫の  Christopher B. Galvinが副社長となる。(1993社長,1997CEO,1999会長)  この年モトローラはIridiumの開発を公表した。これは今ま衛星通信といえ  ば静止衛星をみな考えていたのを静止衛星ではない77個の低空衛星(LEO)  で地球の空を覆い尽くし、それで世界中どこでも通じる携帯電話を作ろうと  いう画期的な発想であった。これは1998年にサービス開始したが、あっと  いう間に挫折したことは周知の通りである。2000年夏、モトローラのほかに  日本のDDIなども出資していたイリジウムの運営会社は倒産した。    1997年社長はRobert L. Growneyに交替した。2002年1月社長はいったん  Edward D. Breen に交替したがわずか6ヶ月で退任。7月にMike Zafirovski  が新しい社長に任命された。この交代劇は様々な憶測を呼んだ。