Itanium 2000年にIntelが出荷した同社初の64ビットMPU。「アイテニアム」と読む。 
 Hewlett Packerd社と共同開発したもので、開発コードネームMERCED。 
 180nmプロセスCMOS。2540万トランジスタを集積する。このCPU専用の 
 3次キャッシュは3億トランジスタの集積になっている。(1次・2次 
 キャッシュは内蔵) 
  
 新しい高速化技術EPICを使用しており、10段 6WAY のパイプライン 
 構造を持つ。パイプラインの各ステップは下記の通り。 
  
  IPG Inst Pointer Generation 
  FET Fetch 
  ROT Rotate 
  EXP Expand 
  REN Rename 
  WLD Word Line Decode 
  REG Register Read 
  EXE Execute 
  DET Exception Detect 
  WRB Write Back 
  
 レジスタは整数用に64ビット128個、浮動小数点数用に82ビット128個を 
 持っており、RISC的である。浮動小数点演算の速度は当初の800MHzモデル 
 で6.4GFLOPS。 
 なお、EPICについて詳しいことは同項参照。 

Itanium2 2002年7月にIntelが出荷した64bitMPU。   従来のItaniumに比べて下記のような改善がなされている。   クロック  800MHz/733MHz → 1GHz/900MHz   L2キャッシュ 96KB → 256KB   I/O帯域幅  PCI-66MHz → PCI-X-133MHz   システムバス 266MHz → 400MHz   Itanium出荷の段階ではOSメーカーを含めたソフトメーカーがまだ   この新しいストラクチュアに慣れていなかったためソフトが出てこな   かったが、Itanium2 の出荷開始とともに徐々に出始めてくるものと   思われる。
ITCS (Integrated Traffic Control Systems) 高度交通管制システム。
ITER (International Thermonuclear Experimental Reactor) 国際熱核融合実験炉
ITJ (International Telecommunication Japan) 日本国際通信。  1997年に日本テレコムに吸収された。
ITO (Indium Tin Oxide) 酸化インディウムに酸化スズを加えた電導性を  持つ物質。サブミクロンの薄さにして液晶パネルの透明電極に使用する。
ITOS (Interactive Traqnsactional Operating System) 日本電気の  オフコンSystem100及びその後継機System3100Aで使用されたOS。    ITOS-4, ITOS-4V, ITOS-VX と発展して来たが、1990年、A-VXと名称を  改め、ITOSの名前は消滅した。(ITOS-4はクラスタ型。スタンドアロン  型のITOS-1というのもあった)  ITOSのユーザーインターフェイスは、ライン形式とウィンドウ形式の  中間のスクリーン形式である。ディスプレイ全体にプログラムとの  対話をするためのフィールドを多数配置し、項目を1個入力する度に  プログラムとの通信が行われる。むろんETOSのように画面単位で  通信する方式も選択可能である。  ファイルシステムとしては、順編成ファイル(SEQ)、索引順編成ファイル  (ISAM)、相対編成ファイル(REL)、複数索引順編成ファイル(MIX)のほか  待機区分編成ファイル、待機結合編成ファイル(QL)という2種類のライブラリ  形式のファイルをサポートしている。階層状のディレクトリはサポート  されない。    仮想記憶は一般的なページ方式ではなく古いセグメント方式であったため  事実上仮想記憶は使い物にならなかった。そのため全てのプログラムを  実記憶に置くか、古典的なメモリー・オーバーレイの手法を使わざるを  得なかった。オーバーレイはトリー構造が使用できた。  ITOSは全てのプログラムを基本処理装置(BPU)上で実行し、端末は入力と  結果表示だけを担当する。またひとつの端末から何本ものタスクを走らせ  ることができた。このタスク数の制限はそのBPU上で許された数まで可能  である。たとえばBPU上で30本までプログラムが走らせられるように設定  した場合、30個の端末で1本ずつプロクラムを実行してもよいし、1個の  端末で30本のプログラムを実行してもよい。    ここで各プログラムは基本的にBPUの資源だけを使用して動くので、多数  のプログラムを走らせたり、多数の端末を接続するためには大量のメモ  リーを搭載する必要があったが、このメモリーがものすごく高価であっ  た。2Mとか4M増やすのに100万単位のお金が必要であった。このメモリー  は同時期のパソコン用のメモリー(2Mが5〜10万円くらいの時代)からすると  数桁反応の遅い、古典的なメモリーであったので、あんな遅いメモリーは  いまどき生産していないから高いのだろう、としばしばユーザーから  陰口をたたかれた。    ただし、後のバージョンではかな漢字変換程度の作業は端末側にやらせる  方式に移行した。また端末側で一部のプログラムを実行させる分散処理  的な手法もメーカー提供のソフトでは出てきたが、一般のソフトハウス  にはAPIが公開されなかった。  言語処理系としては事実上、COBOLのみである。簡易言語のSMARTや開発  支援システムのIDLというのもあったが、保守性がよくなかった。特に  SMARTは最初に作る手間と修正する手間が、ほとんど変わらなかった。  IDLはものすごくメモリーを食う上に、ものすごく遅かった。アセンブラ  は日本電気の外部には公開されていなかった。  ITOSのCOBOLは下位のオフコンであるN6300系のNTOS-COBOLや、多機能  パソコンN5200のPTOS-COBOLと親和性が高く、わずかな修正で移植する  ことができた。    ITOSのデータベースはMIXファイルで実装されていた。そのためほとんど  リレーショナル・データベースのように使えるのに、リレーショナル  とは思えないほど超高速であった。    ITOSの魅力のほとんどは、このデータベースの異常なまでの速さにあった。  当時、どこのメーカーのショールームを見に行っても、あの速度でデー  タベースが反応するマシンは見なかった。当時 System3100上のITOSの  データベースで2分で更新が終わる処理を、そのままDECのミニコン上  のデータベースで組んだら2時間たっても処理が終了しなかった。    ITOS-COBOLは計算式をコンパイル時に解釈せず、実行時にインタプリタ的  に解釈しながら計算するという、不思議な方法を取っていた。このため  計算処理が、CPUのスペックに比べて、異様に遅かった。私はあるとき  同じ計算を32ビットマシンである System3100と、8ビットマシンである  任天堂のファミコンにやらせたところ、ファミコンが数秒で答えを出した  のに、System3100は数分かかったことがある。    またITOSは32ビットマシンのOSであるのに、ITOS-COBOLは64KBを越える  データが取り扱えなかった。しかもデータを64KB境界の近くで配置する  時に、配置しそこねるバグがあり、これはメーカーに何度も指摘しても  いっこうに改まる気配がなかった。このため、64KB境界付近には使用し  ないダミーのデータを定義するという、面倒な回避策を取っていた。  ITOSは今はもう博物館の中のOSであろうが、欠点をうまく避けながら使え  ば、なかなかいい性能を示す、優秀なOSであったと思う。  →System3100