Hewlett_Packard ヒューレット・パッカード。一般にHPと略される。 
 1939年にDave PackardBill Hewlettにより設立された電器メーカー。 
 近年はワークステーションの代表的なメーカーのひとつとして名高い。 
  
 同社の創業に至る経緯についてはDave Packardの項参照。最初はオーディオ 
 用の発信器を作るメーカーとして設立され、Walt Disney が彼らの製品HP200B 
 を8個も買ってくれたことが同社の初期の経営を支えた。 
  
 会社を創立して早々の1941年第二次世界大戦が始まるとBillが陸軍に通信技 
 術者として徴用されてしまう。1947年に彼が戻ってくるまでしばらく大変な 
 時代が続く。その中で1943年今度は海軍から超短波に関する技術開発への 
 協力を求められるが、これはその後のHPにとって重要なノウハウとなった。 
  
 1947年 Bill が戻ってきたところで会社は法人化され、Daveが社長、Billが 
 副社長に就任する。1957年には上場を果たした。彼らは会社の利益は従業員 
 すべての利益だと考え、はやい時期から利益を社員に還元するシステムを 
 とっていた。そしてこの上場の際には社員にストックオプションを与え、 
 上場による利益も社員全員で分け合ったのである。 
  
 またHewlett-Packardは最近のIT企業ではあたりまえになってしまったが、 
 1942年からオープンフロア方式を採用し、社員同士が声を掛け合いながら 
 仕事ができる環境を作っていた。それ以前の企業ではセクションごとに壁で 
 仕切られていたのである。1967年にはフレックスタイム制まで取り入れた。 
  
 HPは1951年に高速周波数カウンタ、1956年にはオシロスコープを開発。これら 
 が同社にまた大きな利益をもたらしてくれた。 
  
 1958年HPはF.L.Moseley社を買収。同社の技術を使ってHPはプロッターを 
 開発。これはその後のHPの主力商品となるものであった。1980年頃までは 
 HPといえば、プロッターのメーカーという印象が強かった。更に1961年には 
 Sanborn社を買収して医療機器にも進出した。 
  
 一方でHPは海外にも積極的に展開をすすめた。1959年頃からヨーロッパに 
 いくつもの支店を設置。1963年には日本の横河と共同でYHPを設立して 
 日本市場にも同社の製品をどんどん販売していった。 
  
 1966年HPは同社の初めてのコンピュータHP2116Aを制作する。同社が初めて 
 ICを本格的に使用して作成した機器であり、当時としては画期的な、 
 空調設備も床の強化も必要ないコンピュータであった。しかもこの機械には 
 Plug and Play思想が搭載されていた。ひじょうに多数の機器をつないで 
 使うことを意図していたため、その度に設定を手動で変更するのは大変で 
 あるという考えから、当時出回っていた標準的な周辺機器については、 
 相手がどんな機器かを自動的に認識するように認識するようになっていた 
 のである。 
  
 更に1968年HPは卓上電卓HP9100Aを発売した。これは電卓とはいえプロ 
 グラム機能を持ち、そのプログラムを磁気カードに記録することができた。 
 価格は乗用車並みの値段ではあったが、はじめて個人レベルで購入するこ 
 とを考えられるコンピュータであり、これをパーソナルコンピュータの 
 最初と考える人もある。 
  
 更に1972年にはポケット型関数電卓HP35を発売する。更に1974年には 
 プログラム機能まで搭載したHP65を発売、更に1977年には腕時計型電卓 
 HP01を発売するに至る。 
  
 1977年創業者の二人は経営の第一線から退き、同社の叩き上げである 
 John Youngが新しい社長に就任した。 
  
 1980年代はHPは電卓・パソコン・メインフレーム・プロッタ・医療機器と 
 いった分野に加えて、プリンタでも大きな進展をした時期である。 
 1973年には当時として画期的な漢字が印刷できるプリンタを発売していた 
 が1984年にはインクジェット・プリンタとレーザープリンタを発売し、 
 プリンタに関しても先進的な企業としての地位を築くにいたる。 
  
 1980年代にもうひとつ大きく飛躍したのはなんといってもワークステーション 
 の分野であった。ワークステーションの分野では1979年に設立されたApollo, 
 それに続いて創業したDOMAINやSun Microsystemsが先行たが、HPも比較的 
 早い時期からモトローラの68系のCPUを搭載したワークステーションを市場 
 に投入していた。やがてDOMAIN社がApollo社に吸収されると、しばらく 
 ワークステーション業界では Apollo-Sun-HP の三大勢力の時代が続く。 
 のちにSonyや日本電気もNEWS,EWS4800で参戦してきた。 
  
 1987年はワークステーションが一斉に68系CPUからRISCに切り替わった年 
 である。この年、SunはSPARC, HPはPA-RISCをリリースして時代はRISC 
 へと進んでいった。MIPS社がRシリーズを発売したのも1987年である。 
 これに付いていけなかったのがApolloで、競争から脱落した同社は1989年 
 HPに救済合併されるに至る。 
  
 1992年John Youngは引退し、会社はやはり叩き上げの技術者Lew Plattに 
 引き継がれる。更に1999年にはPlattが引退し、Lucent出身の 
 Carly Fiorina が新しい社長兼CEOとなった。 
  
 Fiorinaが最初に手がけることになった大仕事は同社のCompaqとの合併 
 であった。2001年9月に発表されたこの合併については、かなり社風の違う 
 両者の合併として各界から驚きの声があがり、特に創業者Bill Hewlett 
 (1913.5-2001.1)の子息 Walter Hewlett氏らが強い反対の意見を表明。 
 この問題は株主による投票や法廷闘争にまで持ち込まれたが、Fiorinaは 
 反対意見を強引に押さえ込み、2002年5月7日、両者は合併して新生HPが 
 誕生した。これによってHPは今まで弱かったパソコン部門でも強い製品力 
 を持つことができるようになった。 
  
 HPは一方1990年代から次世代のCPUを開発するプロジェクトを進めていた 
 が、これはのちにIntelとの共同事業になることになり、2000年に両者 
 が共同製作した64ビットプロセッサItaniumが市場に投入された。 
  
 なおHPが2002年に吸収したCompaqはそれに先立ち1998年にDECを吸収し 
 ており、DECが開発した64ビットCPU Alphaの権利も現在HPが取得して 
 いる。ただしAlphaに関する開発はCompaq時代に既に中止されており、 
 Alphaで開発された技術は分散して、ItaniumAMDHammerなどに 
 吸収されている。 
  
 HPは2002年現在、ローエンドからハイエンドまでの幅広い商品を持ち、 
 またプリンタ・プロッタなどの出力機器、ハンドヘルドコンピュータ 
 などのモバイル分野、医療機器関係、などひじょうに多彩な商品をとり 
 そろえている。しかも次世代の中核CPUの一方となることが確実と思わ 
 れるItaniumの開発元という地位も持っていて、21世紀初頭のコンピュ 
 ータ業界の中心のひとつとして動いていくことは確実であろう。 

hex (Hexadicimal) 16進数。通常 3fh とか 0x3f などと後ろにhを付けたり  先頭に0xを付けたりして表現する。