CTP (Community Technology Preview) ソフトウェア製品のβ版の一種で 
 広く外部の技術者に公開して評価してもらうもの。 
  
 MicrosoftWindows Vistaの開発にあたって何度もCTPを出して要望を 
 取り入れた。 
 →RC

Ctrl (Control) パソコンのキーのひとつ。DOS/V機では Ctrl, PC98では  CTRL, Macintoshでは control と刻印されている。ただし、DOS/VのCtrl  やPC98のCTRLは、Macintoshの control ではなく、コマンドキーに相当  するので、注意が必要である。
CTS (Clear To Send) RS232Cの信号線の一つ。「こちらに送ってもいい  ですよ」の意味。RTSに対する返事で、受信OKであれば発行される。  →RS232C
CTS (Cold Typesetting System) 写植による組版システム。Cold というの  は熔けた鉛を流し込んで型を作る Hot な組版作業に対するもの。
CTS (Computerized Typesetting System) 電算写植組版システム。コンピュ  ータを使用した組版のシステム。現在CTS という場合、 computerとcoldの  両方を掛けて言っているような雰囲気もある。  →DTP
CTP (Computer To Plate) コンピュータで作った印刷原稿を直接、刷版と  して出力すること。(通常はいったんフィルムに出力してから刷版にする)
CTRON (Communication/Central TRON) 通信制御用のTRON  →TRON
CU (Compiled Unit) ソースプログラムを単にコンパイルしただけの状態  のもの。これをリンクして、実行可能なプログラム(LM)になる。昔は  リンカを使わず直接ローダに掛ける方式もあったが、最近はリンカを通す  のが普通だと思う。オブジェクトとも言う。ただしオブジェクトというの  はリンクした後のものを言うこともある。
Cu (CUprum) 銅。最近「銅配線技術」というのがよく耳にするようになった。  これは従来ICの配線に使用されていたアルミニウムの代わりに銅を使う  ものである。銅の方が電気伝導率が良いため、より細かい配線が可能になる。
CUG (Closed User Group) 閉じられたユーザーグループ。通信において、  一般に開放せず、会員の間だけで情報交換や打ち合わせなどをするために  設置した電子会議室のこと。企業の内部の連絡、団体の会員のためのサ  ービス、仲間内のサークル活動などで使用されている。存在だけは公表し  て会員を募るケースと、存在自体も公開しない場合とがある。企業向けの  大規模なシステムから、個人向けの@niftyのPatioのような小規模サー  ビスまで、いろいろなバリエーションが存在する。  →SIG
CUI (Character User Interface) ウィンドウズやマッキントッシュのよう  なグラフィカルなユーザーインターフェイス(GUI)に対して、文字中心の  従来型のユーザーインターフェイスを言う。インターネットでもTELNET  はCUIである。FTPもCUIなのだが、最近のFTPソフトは半ばGUI的に組まれ  ていて分かりやすい。  なお、CUIにも2つのレベルがあり、行単位の操作しかできない第一世代と  画面全体で操作ができる第二世代がある。  しかし、CUIとGUI。文字で書いても発音しても分かりにくいですね。
Cupcake Android 1.5のコードネーム。
curses UNIXにおいて、まだX-Windowのような本格的なGUIのユーザーイ  ンターアェイスが出現する前に、文字だけの世界で、簡易ウィンドウシス  テムのようなことを実現していた、画面制御ライブラリ。初期の行単位の  インターフェイスとGUIとの中間に位置するものである。cursesライクな  ライブラリというのは、MSDOSの世界にも移植されて使用されていた。
CU-SeeMe Cornell大学が開発した、インターネット上のテレビ会議システム。  最近のバージョンはビデオ会議の国際規格 H.323にも準拠しているので、  NetMeetingなど他のソフトとも混在して会議が可能である。Windows/  Macintoshに対応している。
Cutler,David (1942-) デイブ・カトラー。David(Dave) Cutler。VMSの  開発者のひとり。Windows NTのコア部分の設計者。    1942年ミシガン州生まれ。学生時代はアメリカンフットボールの選手であっ  たが怪我で選手を引退。大学卒業後1965年総合化学メーカーDupontに入り、  ここでコンピュータに触れることになる。    1971年コンピュータの仕事をもっとしたいという意欲からDECに入社。  ここでPDP-11 のOS開発に参加した。その後VMSの開発の際には指導的  な役割を果たし、1981年には次世代のコンピュータはミニコンではなく、  パソコンが中心になるととして、パソコン用のVMSを作るための研究所を  設立した。しかしDECの首脳陣としてはDECはあくまでミニコン・メーカー  という意識が強かったため、彼の開発しているソフトの商業的展開には  興味を持ってくれなかった。  そのCutlerに助け船を出したのがMicrosoftのBill Gatesである。Gates  は彼ほどの才能のある人が埋もれているのはもったいないと考え、しかも  彼らが開発しているマシンターゲットがパソコンであると聞き、彼に、  チームごと引き受けるからMicrosoftに来ないかと勧誘。Cutlerは熱心な  Gatesの誘いに応じて移籍を決断した。    Microsoftに来たCutlerはGatesに「で、私たちは何をすればいいんですか」  と尋ねるが、Gatesは(多分何も考えていなかったので)「自由にしてくだ  さっていいですよ」と答え、これにCutlerたちは困惑した。Gatesという人  は昔からこういうアバウトな人である。しかし何も指示されないというのも  困ったもので、困り切った彼らはやがて、DECで開発していたソフトの続き  を開発することにした。やがてこのソフトは VMS の次ということで1文字  ずつ文字をずらして WNT と呼ばれることになる。そして、このソフトが  形をなしはじめると、Microsoftの首脳陣は、これが商業的に行けると判断、  このソフトに Windows NT という名前を付けて一般発売を決断する。    しかしCutlerたちのOSは基本的には現在のLinuxなどと似て、ベースは  旧式のコマンド方式であり、グラフィックなユーザーインターフェイスは  あることはあっても、ほとんどおまけのようなものであった。このままでは  さすがに商品化はできないため、Windows NT はそれ以降、Cutlerたちの手  を離れて、Windows3.1を開発した技術者たちの手により、ユーザーインター  フェイスを大幅に改造されることとなった。  Cutlerについては、どちらかというと彼をあまり良く言う人が少ないようで  ある。大きなプロジェクトの管理をし、しかもシステムの細部にいたるまで  厳密なコーディングを要求する彼の姿勢はしばしばプロジェクトのメンバー  に反感を抱かせ、特に若いメンバーには反発されることが多かったようであ  る。Microsoftではどちらかというと開発チームのそれぞれのメンバーが  自主的に動いてソフトを作り上げていくスタイルが多く、Cutlerのやり方は  Microsoftの中では異端的であった。Microsoftの普通のやり方は細部に自由  な発想が入りやすいが、どうしてもバグが多くなる。同社の製品がしばしば  大きなセキュリティホールを指摘されるのは、そういうところから来ている  のだがCutlerの場合は厳密な仕様とコード作成を要求するタイプであった  ため、Windows NT のコア部分は、ひじょうにしっかりした構造になっている  のである。  なおMicrosoftはWindows3.1の系統のOSはWindows Meでうち切っており、  現在のWindows Xpは Windows NTのコアが継承されたOSである。