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サンタは聖ニコラウス
日本では「サンタ」ですっかり通ってしまっているが、「サンタ」は「サンタクロース」つまり「聖クラウス」という意味で、「サンタ」だけだと「聖」しか言ってないことになります。
「クラウス」という名前自体も元をたどると「ニコラウス」です。元々はちゃんと「サンタ・ニコラウス」と呼ばれていたものが、北米に移住したオランダ系の人たちの間で、なまって「ジンダ・クラウズ」のような感じに発音され、それが他の地域の人にも広まるにつれて少し上品になって「サンタ・クロース」となったといわれています。
サンタの現在の衣装についてはカザイルさんの記事の通り、コカコーラのキャンペーンで使用された衣装が定着してしまったものです。
何故サンタは贈り物をするか?
聖ニコラウスの本来の祝日は12月25日ではなく、12月6日です。(12月25日はキリストですからね ^^)
この聖ニコラウスは子供の守護者とされていたため、ベルギーやオランダなどで6日に子供にプレゼントを贈る習慣がありました。この習慣がまたまた北米に移住したオランダ系の人たちに伝えられ、そこからやがてこの時期のキリスト教徒にとって重要なお祭りであるクリスマスに結びついてしまい、アメリカ全土で「クリスマスにサンタクロースがプレゼントを贈る」という風習が生まれたもののようです。
ただし、論者によってはこのプレゼントの習慣はさらに古くローマの風習まで遡るともします。
ローマ神話では主神ユピテル(英語名ジュピター,ギリシャ神話のゼウス)は前主神サトゥルヌス(英語名サターン,ギリシャ神話のクロノス)を倒して主神の地位を得ますが、その後ユピテルはサトゥルヌスを封印してしまったとされます。
しかしサトゥルヌスは年末にユピテルが一週間休む間だけ、解放されるとされ、その期間12月17日から24日まで人々はこの古き神を祝福し、野の精霊が人間と共存していたような時代に思いを馳せました。このお祭りをサトルナーリア祭といい、この祭が明けた12月25日(冬至)は新年のお祭りが行われました。
冬至というのはここからだんだん日が長くなっていく日ですので、神の復活の日にふさわしいとされ、新しい力を得ることの象徴として、サトゥルナーリア祭の時に森から常緑樹の枝を取ってきてプレゼントする風習があったとされます。
これが後には、枝の代わりに様々な品物を贈る風習へと発展したといわれます。つまり、元々12月25日頃に贈り物をする風習があり、一方12月6日には聖ニコラウスが子供にプレゼントをするという話があったため、これがそのうち合体してしまって、「クリスマスにサンタがプレゼントをする」ということになってしまったというのが結局は一番それらしいところのようです。
サンタは異端者?
今までにも見ましたように、クリスマスというお祭りそのもの、そしてそれと関わりの深いサンタ・クロースというものについては、かなり異教の香りがします。そのため、中世においては教会が何度かクリスマスのお祭りを禁止したりしたこともあります。
町によっては「サンタクロース」に対して教会が異端であると断罪し、サンタクロースの人形を火あぶりにした所もあります。
イギリスでは清教徒革命のあと、清教徒たちがクリスマスの禁止を宣言。クリスマスにも通常通り店を開けるよう商店などに通達を出しますが旧教徒たちが猛反発。結局店を開けたところはわずかで、その開けた店は市民に襲撃されてあわてて店を閉めざるを得なくなる始末でした。
そして一部の町では多数の市民が集まって「クリスマスを祝えないなら王政復古した方がましだ」という宣言が行われました。ひょっとすると、清教徒革命の挫折のひとつの原因はこのクリスマス禁止令にあったかも知れません。
そしてその清教徒たちがイギリスでの挫折を背景に新大陸に渡って作った国・アメリカでは最初の頃クリスマスは違法とされていました。アメリカでクリスマスが認められるようになるのは19世紀半ばになります。
三人の娘に贈り物をするニコラウス
ニコラウスのエピソードの中で最もよく知られているもので、ニコラウスが贈り物をするということの起源を表す説話です。ニコラウスがまだ司祭になる前の話。そのころニコラウスの近所に三人の娘が住んでいましたが、大変貧乏でした。
上の娘は結婚したいと思っていましたがその資金のアテがありませんでした。それどころか彼女は娼婦になってお金を稼がないと暮らしが成り立たないような状況に追い込まれつつありました。それを知ったニコラウスは夜その家に金塊を放り込みました。娘たちの親はその恵みに感謝し、お陰で長女は無事結婚することができました。
数年後今度は次女が結婚したいと思っていましたが、やはりその為の資金がなくて困っていました。それを知ったニコラウスは再びその家に金塊を放り込みました。親は感激し再び神を褒め称えました。次女もお陰で無事結婚することができました。
そして更に数年後今度は三女が結婚したいと考えていましたがやはり資金のメドが立っていませんでした。その時親はもしかしたら又誰か金塊を放り込んでくれるかも知れないと考え、その時はその人をつかまえて今までの分まで含めてお礼を言わなければと考え、夜ずっと気を付けていました。
そこへニコラウスがやってきて今回は今までの倍の量の金塊を放り込みました。親はその人物を追いかけていって「どうかお顔をお見せ下さい」と頼みました。そして隣人のニコラウスであったことを知ると彼の前に跪き、足に接吻して感謝しました。しかしニコラウスは誰にもこのことは言わないようにと言いました。
ニコラウスは大金持ち???
隣人の娘に金塊をポンとプレゼントしたニコラウス。その資金はいったいどこから出たものなのでしょう? 聖人伝の基本中の基本である「黄金伝説」ではニコラウスは金持ちの息子であったと書かれています。一応これが定説になっているようで、彼はその親からひきついだ財産を自分のためだけに使うことをよしとせず神に仕える道に入ったということのようです。
ニコラウスは4世紀前半の人物でミラの町の司教であったとのことです。しかし一方では昔からニコラウスというのは大泥棒であったという説もまた流布されているようです。大泥棒だとしたらあの抱えている袋は実は盗品だったのでしょうか???そして泥棒なので煙突から出入りする????
(ニコラウスが煙突から出入りする理由についてはカザイルさんの記事を参照のこと^^;)
塩漬けの子供
ある年飢饉が訪れ、肉屋の夫婦が落ち穂拾いをしていた子供を3人誘拐して殺し塩漬けにしました。7年後そこにニコラウスが通りかかり、肉屋に入って食べ物を乞いました。
肉屋はハムと子牛の肉を出しましたがニコラウスは『七年前のあの塩漬けの肉が欲しい』と言いました。驚くとともに怖くなった肉屋はその罪を詫びて神に許しを乞いました。ニコラウスが店の奥にあった塩漬けの樽に指を3本触れると、中から三人の子供たちが大アクビをしながら出てきました。
(この話、無粋な注釈を付けますと、塩漬けにした子供の肉は飢饉だった訳ですから食ってしまっていたと思うのですが、それでもニコラウスは、その食われてしまった肉体とともに生命も復元してしまったのでしょう。)
ミラの司祭になる
ミラの司祭が亡くなり後継者に誰を定めるかということで多くの司教たちが相談していました。その時神の声が響き、明日朝一番に教会にやってくる人物を司祭にしなさいというお告げがありました。そこで司教たちは翌朝教会の入口でじっと待っていました。
そこへ近所に住むニコラウスが朝のお祈りをするため教会にやってきました。司教たちは彼に名前を尋ね、彼がニコラウスと名乗ると「それではニコラウスさん、あなたを神のお告げによりミラの司祭に任命します」といって有無を言わさず司祭に文字通り祭り上げてしまいました。
食糧危機を救う
ミラの町が天候不順で作物がよく取れなかったため、希にみる食糧危機に陥っていました。その時、町に小麦を満載した船が数隻寄港しました。ニコラウスはその船の所へ行って、小麦を分けてくれるように頼みました。しかし船長たちは「これは皇帝に届けるものなので少しでも減っていたら大変なことになる」といって断ります。
するとニコラウスは「いえ大丈夫です。神の力に賭けて誓います。私の言う通りにして下さい。皇帝の前に持っていった時、小麦の重さは全く変わっていない筈です。」といって無理に分けて貰うことに成功しました。
お陰で町は食糧危機から救われました。そしてニコラウスが言った通り、ローマについて船の積み荷が計量された時、小麦の重さは全く減っていませんでした。船の船長たちもこの奇跡に大変喜び、船員たちがいつしかこのことを人々に語り伝えて行きました。
3人の漁師を救う
ミラの近くの町の3人の漁師が乗った船がある時、大嵐にあって沈みそうになりました。漁師たちは噂に聞くニコラウスのことを思いだし、数々の奇跡を起こしたというニコラウスに頼めば助かるかも知れないと考え「ニコラウス様、私たちも助けてください」と祈りました。
するとどこからともなく一人の男が現れ、船の操舵や帆の操作を手伝ってくれました。お陰で船は嵐を乗り切ることができました。その人物はいつの間にか姿を消していました。
漁師たちは港に戻るとその足でミラの町を訪れ、教会へ行きました。そしてニコラウスのことを今まで知らなかったにも関わらず、彼を一目見ただけでその人物がニコラウスであることが分かったのでした。3人の漁師は神とニコラウスに感謝しました。
ニコラウスと「3」
どうも聖ニコラウスは「3」という数字と縁が深いようです。3人の娘を助けた話、3人の少年を生き返らせた話、3人の漁師を助けた話。このほかに3人の騎士を助けた話や3人の将軍を助けた話が伝えられています。
ニコラウスの母の名前
ニコラウスのお母さんの名前は「アンナ」と伝えられています。これは聖母マリアの母の名前と同じですね。ヨーロッパの古代の女神の名前です。こんなところにも古い異教の要素は紛れ込んでいるようです。