茨木童子

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(いばらぎどうじ)

ある時、渡辺綱が夕暮れ時に一条戻り橋を通りかかりますと、呼び止める者がいました。

見ると肌の白い20歳くらいの美女でした。

「五条まで参りますが、暗くなってしまい怖くて困っておりました。ご一緒させていただけませんでしょうか?」

綱は女を一緒に馬に乗せ、橋を渡りだします。すると、女はたちまち鬼の姿に変わり、「わが行く先は愛宕ぞ」といって綱を小脇に抱え、空に飛び上がりました。

しかし綱は慌てず、名刀「髭切」を抜くと、鬼が自分を抱えている腕を一刀のもとに切り落としました。綱は北野天満宮の中に落ちました。

綱が切り取った鬼の腕を源頼光に見せますと、頼光はこの腕について陰陽師に相談します。すると陰陽師は「鬼はきっと腕を取り返しに来るでしょう。今より7日の間、家に閉じこもって物忌みしていて下さい。その間絶対に誰も中に入れてはいけません」と言いました。

綱は陰陽師の指示に従って自宅に引きこもり、七日間じっとしていました。その間毎日のように鬼がやってきては中に入ろうとしましたが、陰陽師にもらったお札のお陰で鬼は中に入ることができませんでした。

そして7日目。綱の家の戸を叩くものがありました。女の声です。

「綱や、開けておくれ。私だよ」

それは綱の養母の声でした。綱は急な来訪に驚くも、迎え入れようとしましたが、陰陽師の「絶対に誰も入れるな」という言葉を思い出し、「申し訳ありません、母上。事情があって今日いっぱいは誰も家の中にあげることができないのです」と言いました。

すると母の声は悲しんで「お前は何と親不孝者よ。こうして私が長い旅をして訪ねて来たというのに。私はそんな風にお前を育てた覚えはないぞ」といいました。

そうまで言われては仕方ありません。綱は戸を開け、養母を中に入れました。

しかし

養母と思ったものは、家の中に入るとたちまち先日の鬼の姿に変わりました。

そして、床の間に置いてあった腕をつかむと、破風を破って逃げ出して行きました。

「我は茨木童子なり。確かに腕は返してもらった」

そういう声が空の向こうから響いてきました。

それ以来、渡辺党の家では決して破風を立てないようになったとのことです。


この一条戻り橋の鬼の話は、平家物語、源平盛衰記、太平記などに見られます。また、この鬼の腕を切った場所が一条戻り橋ではなく、羅城門になっているものもあります。この物語は歌舞伎でも「茨木」「戻橋」などの題で演じられています。

茨木童子は、この渡辺綱や坂田金時らが大江山に鬼退治に来た時もそこにいて、一緒に酒宴に出ていました。「御伽草子」の「酒呑童子」ではこの時、渡辺綱に討たれたことになっていますが、一説ではその時にいた鬼たちの中で唯一、討たれることなくうまく逃げ出し、関東方面に移ったと言われています。


茨木童子は摂津の国の水尾村の生まれです。母親の胎内に16ヶ月もおり、生まれた時はもう歯が生えそろっていて、生まれてすぐにヨチヨチ歩いたといいます。

眼光が鋭く、その子が振り返ってニヤっと笑った様に母親はショックを受け、亡くなってしまいました。

そこで父親は近所の家に貰い乳にいくのですが、飲みっぷりがすさまじいので、やがて誰も相手にしなくなってしまいました。困ってしまった父親はその子を茨木川の橋の下に捨てました。

その子を拾ったのは髪結い屋の親方でした。髪結い屋の親方は子供がなかったので、これは天から授かった子と思い、大事に育てました。子供は大きく成長し、近所のガキ大将になります。乱暴な子でしたが、自分の跡継ぎにしようと髪結いの仕事を仕込みました。

その子もまじめに髪結いの仕事をしていましたが、ある時誤って客の皮膚をかみそりで切ってしまい、その時血が指につきました。その指を思わずなめた彼は、血の味がとてもおいしく感じられました。

そのため、彼はその後しばしば故意に客の皮膚を切って、血を味わうようになりました。そのため、この髪結い屋には客が来なくなってしまいました。親方はこのことで童子を厳しく叱りました。

翌朝、叱られたことでしょんぼりした童子が近くの橋の上から自分の顔を水面に映してみますと、鬼の顔に変わっていました。童子は驚き、もう家には帰れないと思って丹波の山奥に入りました。

この橋は現在「茨木童子貌見(すがたみ)の橋」と呼ばれ、茨木市新庄町に残されています。

後に、童子は神通力により、自分の実の父親が病気になり死の床にいることを知りました。彼は看病するために生まれた村に戻り、一所懸命看病しました。父親は「俺が捨てたのに、よう恨まずに看病してくれた」と感謝の涙を流して亡くなりました。童子は後のことを村人に頼んで山に戻りました。

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