福島県の安達ヶ原に鬼女の伝説が伝わっています。
鬼女はこの地の一つ家に住んでいて、訪ねてきた旅人を取って食っていました。この物語は「黒塚」の名前でも知られています。
ある日の夕暮れ、この地に東光坊裕慶という高僧とそのお供のお坊さん数人が訪れました。
「もし、たいへん申し訳ないのですが道に迷ってしまいました。一晩泊めていただけませんでしょうか?」
すると家の中から出てきた女は「申し訳ありませんが、私も女の一人暮らし。どこか他をあたって頂けませんでしょうか?」と言いました。
しかし裕慶は「我々は決して怪しいものではありません。比叡山の東光坊と申すものです。ほんとに雨風をしのげるだけでいいのです」といいます。
すると女も折れて「ほんとに何もできませんが」と言って、一行を家に招き入れました。
一行はほっとして中に入りましたが、ほんとに何もない家で、いろりの火も消えかかっていました。女は奥の部屋に引きこもっていましたが、お坊さんたちが寒さに震えていると出てきてこう言いました。
「火が消えかかって寒いでしょう。ほんとに何もありませんが、せめて薪を取って参ります。でも留守の間、奥の部屋を見ないでくださいね」
すると裕慶は「もちろん、女性の寝室をのぞいたりはしませんよ。お気を使わせて申し訳ありません」
女は笑顔で微笑むと家の外に出ていきました。
ところが女が出て行ってからしばらくすると、奥の部屋から風が吹いてきて、それとともになんとも嫌な臭いがしてきました。裕慶たちは奥の部屋が気になりましたが、のぞかないでくれと言われています。我慢していましたが、女がなかなか戻ってこないので、とうとう障子を開けてみました。
すると、そこにはいくつもの人間の死体が積み重ねてありました。
びっくりした裕慶らは、このまま居たら自分たちも殺されるのではないかと思い、逃げ出しました。
その直後、女が戻ってきました。
女は奥の障子が開いていて、僧たちがいないので何が起きたかを知りました。そして僧たちを追いかけていきました。
しかし僧たちは不案内な土地、女は勝手知っていますので、やがて僧たちに追いつきました。女は出刃包丁を握っています。
「お坊さん故に手は出さず、ただ泊めてあげようと思ったのに。このままあなたたちに逃げられたら私が人を殺して食っていることが村人に知られてしまいます。かくなる上はあなたたちを殺すしかありません」
ここで裕慶は数珠を取り出し合掌すると、五大明王に祈りました。
「東に降三世明王、南に軍荼利明王、西に大威徳明王、北に金剛夜叉明王、中央に大日大聖不動明王」
そして真言を唱えますと、天より一筋光が射し、女の姿がそれに包まれました。
「ああ、ありがたい。これでやっと上に行ける。死ぬに死ねなくなって久しうございました。人を殺さなければなならない日々、ほんとうに辛うございました。ありがとうございます」
女は裕慶に感謝の言葉を告げると昇天していきました。