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鴻雁北(4月10日頃)

鴻雁北(こうがんかえる)は七十二候のひとつ(清明次候)で、現在行われている「定気」法では、太陽の視黄経が20度になった時を言います。毎年だいたい4月9日〜4月11日頃に来て、その後約5日間がこの候の時期となります。

宣明暦では「田鼠化為鴽」、貞享暦では「鴻雁北」、宝暦暦・寛政暦では「鴻雁北」、略本暦では「鴻雁北」と記載されています。

前の七十二候は玄鳥至、次の七十二候は虹始見です。

鴻も雁もガンのことであるとされます。鴻が大きなガン、雁は小さなガンとも言われ、この七十二候はガンが北国帰って行く時期ということ。この鳥は「ガン」とも言い「かり」とも言います。白鳥などと同様に、夏はシベリア方面でで過ごして繁殖し、秋になると日本などに南下してきて、冬を過ごしまて、春になるとまたシベリア方面に帰っていきます。この句は寒露初候の鴻雁来と対になっています。

なお、貞享暦・寛政暦・略本暦では清明次候ですが、宣明暦では「玄鳥来」として雨水次候になっていました。1ヶ月半も差があります。なお、宣明暦は雨水次候も白露初候も「鴻雁来」と書きます。同じ字を書いていますが、白露の方が「くる」、雨水の方は「かえる」と読ませているようです。

『荒城の月』に「鳴きゆく雁の数見せて」とありますが、作詞者・土井晩翠の出身地である宮城県は渡りの途中の雁の中継基地になっており、毎年大量の雁が姿を見せます。

「鴻」という字は「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」という言葉で有名ですが、ここでいう「鴻鵠」は白鳥のこと。実際「鴻」の字だけで、白鳥を意味する場合もあります。この言葉を言ったのは陳勝。秦の末期に反乱を起こした人で、彼自身は途中で敗死したものの、彼の反乱に刺激されて、項羽や劉邦も立ち、ついに秦は倒れて、やがて漢の建国へと繋がっていきます。漢代には劉邦の先駆者として尊敬されました。


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(2013-01-11)

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