露と答えて〜在原業平と藤原高子〜

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昔男があった。とても得ることのできそうもない女と愛し合うようになり、ある晩とうとうその女を盗み出してしまった。芥河という川のほとりを女を背負って逃げている時に、草に夜露が光っているのを見て女が「あのキラキラ光るものは何?」と聞いた。しかし男は焦っているのでそれには答えずに先を急いだ。

夜も遅いので男は近くの小屋に女を連れ込み奥で休ませて、自分は入口で見張っていた。ところがその小屋は鬼が出る小屋であった。女が悲鳴を上げたが雷の音に紛れてその声は男には聞こえなかった。気が付いた時は女は鬼に喰われてしまっていた。

男は夜明けになってやっと気が付き、さめざめと泣いてこう歌った。

  白玉か、何ぞと人の問ひし時、露と答えて、消えなましものを


『伊勢物語』第6段に歌われている悲恋である。男は在原業平(ありわらのなりひら)、女は藤原高子(ふじわらのたかいこ)と言った。二人は愛し合っていたが、高子の父・藤原長良は彼女を天皇の后にしようと大事に育てていて、天皇の孫とはいえ業平との仲を認める訳には行かなかった。この事件は実際に業平が高子を連れて逃げたが、実際は高子の兄の藤原基経に取り戻されてしまったものである。しかし取り戻されたと言うのは悔しいので鬼に喰われてしまった、という話にしてしまったのである。

結局、藤原高子は清和天皇に嫁ぎ、2人の皇子と1人の皇女を産み、長男・貞明親王は皇太子となる。3人の子供が出来たとはいえ、清和天皇と高子の間は決して仲のよいものではなく、天皇の思いは藤原良相の娘・多美子のもとにあった。そして高子の思いは常に業平のもとにあった。二人は二人だけで親しく語らうような時間はなくても、歌の会などで接する機会はあったようである。

やがて、清和天皇が退位、高子の子である貞明親王が新天皇になる(陽成天皇)。高子は天皇の母という立場を利用して業平をどんどん昇進させ頭中将(今で言えば内閣官房副長官のようなもの)にまで取り立てる。その業平は高子への思いをこのようにも歌っている。

  千早振る、神代も聞かず、龍田川、唐紅に、水くくるとは

美しい純愛であった。

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