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↑ 将棋の日(11.17)


11月17日は将棋の日です。

江戸時代に歴代の将軍の中では家康と並んで最も将棋好きであった徳川吉宗
がこの日を「お城将棋の日」として毎年御前対局を実施したということから
日本将棋連盟が1975年に制定したとのことです。但し今年の「将棋の日」の
イベントは11月19日に行われるようです。

将棋はインド起源です。双六系ゲームと将棋系ゲームというのが世界の2大
ボードゲームの流れなのですが、インドで将棋のルーツのチャトランガが生
まれ、エジプトで双六のルーツのセネトが生まれ、ある時期にその勢力範囲
がクロスしたことが、神話で伺われます。両方の文化圏の神様同士が「私も
そちらのチャトランガをしますので、あなたもこちらのセネトをなさって
ください」のように会話する神話が残っています。

後にセネトは西方ではバックギャモンとなり東方では中国の双陸、日本の古
双六(現代の絵双六とは別物)となって、チャトランガは西方ではチェス、
東方では中国の象棋、日本の将棋などに進化しています。

チャトランガは最初4人制のゲームでしたが後に2人で遊ぶやり方が生まれ
これが現在のチェスにかなり近いルールになっています。中国の象棋、日本
の将棋はそれぞれかなり特異な進化をしています。象棋(シャンチー)は日本
の将棋よりはむしろ軍人将棋に似ています。恐らくは軍人将棋自体が日清戦
争の頃、中国の象棋にヒントを得て生まれたのではないかという推測も成り
立ちそうです。象棋も将棋と同じ9列の盤を使用します。しかし駒の再利用
ルールは将棋独特のもので、これが将棋を世界最高クラスの難しいゲームに
しています。

日本の将棋も最初は8×8の盤のものがあったようですが、後に9×9の
小将棋と13×13や15×15の大将棋(金将・銀将の下に銅将・鉄将ま
である)が生まれ、それを簡易化した12×12の中将棋などといったもの
も生まれています。そしてやがて大将棋の駒の一部を小将棋に取り込んだ
現在の形の将棋に進展したようですが、その時期はかなり新しいもののよう
にも思われます。恐らくは室町時代の中期以降でしょう。

日本では囲碁・双六(古双六)・将棋(当時は大将棋??)を平安時代には「三盤」
といって貴族のたしなみとされていましたが、江戸時代初期に徳川家康が将棋
と囲碁を好み、この2つを保護したことから、このふたつは大いに隆盛した
のに対し、もうひとつの双六は保護を受けなかったために埋没し、江戸時代
末期ころまでにはルールを知る人まで少なくなってしまいました。囲碁と将棋
に関しては家康が重視したことから歴代の将軍が形だけでも、しばしば「お城
碁・将棋」を催しています。その際、将棋と囲碁は将軍の御座の前で並べて
行われていますが、実際問題として将軍が出席することは家光と吉宗をのぞ
けば、かなり稀であったようで、代わりに老中や囲碁・将棋好きの幕閣が参列
していたようです。

当時は現在のように持ち時間という考え方がないため、この城内における
対局が時間内に終了しないこともしばしばありました。そこでその内、事前
に半分くらいまで対局者同士が別の場所で指して(打って)おき、お城将棋・
碁では、そこまでは対局を再現したあと、続きを指す(打つ)ことが行われる
ようになりました。ところがそれでも終了しないケースが続いたため、とう
とう、完全に勝負がつくまで事前にやっておき!お城碁ではそれを全てその
まま再現するだけになってしまい、このイベントはほんとに形式的なものに
なってしまったようです。

それでもこのお城将棋・碁の対局者には大名を歓待する時並みの料理が用意
されたようで、その地位の高さが伺えます。その代わり、将棋にしても碁に
してもそれぞれの家元は血筋とは無関係に優秀な人材を発掘して、最も優秀
な弟子に家督を譲るということを繰り返してレベルを維持しました。そして、
この養子縁組手続きにしても、武家の養子縁組同様の厳しい審査を経た手続
きを要したようです。

囲碁・将棋において極めて卓越した実力を持つ人は「名人」の称号を受けて
いました。最初の頃は名人というのは常に存在している必要はなく、それに
値する人がいなければ空席になっていました。後に将棋の世界ではこの名人
というのが将棋界の最高位に君臨する人の称号とされ、名人になった人は
引退するまで終世それを名乗ることができるようになりましたが、13世名人
関根金次郎はこの制度を改革し、その時その時に最高の実力を持つ人が名人
を名乗るという実力制名人の制度を導入しました。その結果名人位に就いた
のが14世木村義雄であり、その後名人への挑戦は「順位戦」でトップに立っ
た棋士が毎年挑戦する方式になり、5期名人を務めた棋士は「永世名人」の
資格を取得するということになりました。

現在永世名人の資格は「17世」まで発行されており、15世が大山康晴、16世
が中原誠(但し彼は永世十段を名乗っている)、17世が谷川浩司(中原が現役
の間はこれは名乗れない)です。恐らくは18世は羽生善治が取るであろうと
言われています。(現在はまだ3期)無論佐藤や藤井にもチャンスはある筈です。


(2000-11-16)

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