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↑ 勝負事の日(1.8)


1月8日は「いちかばちか」の語呂合わせで「勝負事の日」です。

「一か八か」の語源は「丁か半か」だとされます。丁と半のそれぞれ漢字上部
をとったら一と八になったというわけです。(半の字の正字では上の部分は
八の形になっています)

「丁か半か」というのは時代劇でおなじみのサイコロ賭博(盆)ですね。
この遊びはだいたい江戸時代頃の起源だそうです。大名家の下屋敷、旗本屋敷、
寺社など町役人が手を出せないようなところで、よく開かれていたようです。

目の呼び名はこんな感じです。

【丁】11=ピンゾロ  31=サンミチ  51=グイチ  22=ニゾロ  42=シニ 26=ニロク
   33=サンゾロ  53=グサン  44=シゾロ  46=シロク  55=ゴゾロ 66=ロクゾロ

【半】12=イチニ  41=ヨイチ  16=イチロク  32=サニ  52=グニ  43=シソウ
   36=サブロク  54=グシ 56=ゴロク 

丁が12種類、半が9種類なので、丁のほうが出る確率が高いという思いこみも
あったようで、賭場によっては半のほうにマージンを上乗せしていたケースも
あったそうです。実際にはゾロ目の出る確率が他の目の半分しかないため丁半の
確率は等しくなりますので、そのようなことをする必要はありません。これは
確率論の計算ができないと分からない話。

賭博がいつ頃からあったか、というのはほぼ愚問に近いもので、全てのゲーム
は賭博であったといってもよいでしょう。多くの場合は、友人同士で取られても
たわいもない程度の金銭や物品を賭けて、ゲームを楽しんでいたものと考えられ
ます。最近では家屋に「縁台」というものがなくなってしまい、家は基本的に
塀で仕切られてしまっていますが、昭和40年代頃まで、一部の田舎では、縁台
に将棋や囲碁の盤を置いて、近所のおじさんたちが1円とか10円とかの賭け
銭でゲームを楽しむ風景がありました。その程度なら賭けなくてもいいじゃん、
と私などは思ってしまうものですが、あの人たちに言わせれば、賭けないと
面白くない、ということだったようです。

江戸時代も都市部では金銭を賭けてやっていたものの、農村で夜中にこっそり
開いたりする盆では、大根半分とか菜っ葉とか、その程度のものを賭けてやって
いたともいわれています。

江戸時代でも賭博は基本的に禁止だったはずですが、寺社などで、建物の補修
資金集めのために富籤(とみくじ)を行うところもありました。初期の頃は
ささやかなものであったようですが、後に当選金が高額化し、射幸心を煽ると
して、後に禁止になっています。

現代でも賭博は富籤も含めて原則として禁止されており、刑法185-187条で
賭博は50万円以下の罰金、常習者は3年以下の懲役、富籤を発売した者は
2年以下の懲役または150万円以下の罰金、などと定められています。

わずかに例外として認められているのが、競馬や銀行主宰の宝籤などです。
ただどういう法的解釈により認められるかについては多少議論があります。
かなり怪しいのがパチンコですが、これはパチンコ屋・景品交換店・景品問屋
の「三店方式」で違法性を免れているとの主張があります。ただしこの問題
について、裁判所の判断は下されたことがありません。

パチンコ店が事実上黙認されている背景には、確かに賭博は良くないことかも
知れないが、だからといって全て禁止してしまっては、結果的に闇の賭博場に
人が流れていくだけで、そのほうが社会的問題は大きく、ほかのものに比べて
賭博性が比較的低いと思われるパチンコくらいは目をつぶってやってもいいの
ではないか、という理屈がある、というのはまた多くの人の論じる所です。

確かに競馬や競艇で財産を失ったという話はあっても、パチンコで破産したと
いう話はあまり聞きません。

さて勝負というのは、こういう賭博行為だけでなく、ビジネスや学業などで
確率の低いものに挑戦する場面でも、よく使われることばです。特にこの
時期は、受験シーズンで、多くの受験生が、
「行きたいけど、通る確率の低い所」
「我慢できる範囲で、通る確率の高い所」
「万が一の時の滑り止め」
といったパターンで複数の学校を受験したりします。

私の感覚では、だいたい「合格できる確率60〜70%」と判定されていれば、
しっかり勉強しておき、当日体調を整えておけば、たいてい通るものとは
思いますが、たまたま自分の苦手な分野の問題ばかり出たり、当日風邪を
ひいて最悪の体調の中で受験したり、などということになると落ちる場合
もあります。それ故のマイナス30〜40%なのでしょう。

ただビジネスで難しいプロジェクトに挑む場合もそうですが、いちばん大事
なのは、その試験なり作業を「ギャンブル」にしてしまわないことです。

最後の最後は「分からないから鉛筆ころがして決めよう」でもいいですが
そこに至る過程で、しっかり基礎を仕上げておくこと、仕事なら様々な調査
をおこない、助言がもらえそうな人からしっかり助言をもらっておくこと
なども大事です。

しばしば、きちんと基礎を勉強しないまま、問題集ばかりする受験生が
いますが、ちゃんとした理解をしないまま問題を解くテクニックだけ
磨いても意味がありません。公式なども、公式を丸暗記しようとしても
ダメ。公式がどうやって導き出されるかを理解しておかないと、いざと
いう時に記憶があやふやだった場合、確認することができなくなります。

もろちん基礎をしっかり固めるのと同時に、基本的な受験テクニックも
鍛えておく必要はあります。これはたくさん試験を受けることで磨かれる
ものです。たとえば下記のようなものもあります。

・問題は分からないと思ったら取り敢えず飛ばして先に進む
 (分からないものをいつまでも考えていても仕方ない)

・だいたい受験時間がたとえば90分なら、最後の20分くらいを
 チェックのために温存する。
 (簡単な問題を勘違いしている場合があるのでもったいない)

・問題は出題者の意図を想像しながら読む。

・微妙な語句に注意。ひっかけ問題の可能性あり。

・回答欄と問題とがずれていないか時々確認する

・筆記具は途中で使えなくなった時のために予備を用意しておく。

・自分がいちばんあやふやな部分を試験開始直前によく読んで頭に叩き込む

・試験会場には1時間前には着き、心を落ち着けておく。

・知り合いと会っておしゃべりなどで時間を無駄にしないよう直前まで
 あまり目立たない場所にいる。

(2008-01-07)
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さいころ (ものと人間の文化史)増川 宏一
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