時刻というのは極めて大雑把な言い方をすれば、その地点で太陽(の中心点)が子午線
を横切った瞬間(南中)を12時とし、次に子午線を横切るまでを1日と考えればよい。
そしてそれを24等分して時が得られ、それを60等分して分が得られ、更に60等分して
秒が得られる。
しかし、観測地点の経度が異なれば、太陽が子午線を通過する時刻は異なるから、 そのようにして定まる時刻は観測地点毎に異なることになる。(経度15度に付き 1時間ずれる)そこでこれを地方時(正確には地方視太陽時)と呼ぶ。しかし1つの 国の中で、場所によって使用している時刻がまちまちであるのは不便なため、どこか 1ヶ所の時刻を日本全体で流用しようということになり、日本標準時というものが 生まれた訳である。
この日本標準時が生まれたのは明治13年であるが、この時は明石ではなく東京の 地方時が用いられた。(それ以前は京都の地方時が準・日本標準時としての地位を 占めていた。)しかし、明治17年の国際会議の結果、各国はイギリス旧グリニッジ 天文台における地方時と1時間の整数倍の時刻を採用するという取り決めがなされた ため、日本の標準時は東経135度の地点の地方時に移動したのである。
【時間の厳密な定義】
さて、時刻というものは当然最初は太陽の動きによって決められた訳であるが、厳密
に測定すると、太陽が子午線を通過してから次に通過するまでの時刻は毎日異なる。
(夏と冬で約1分違う〜これは地球の公転軌道が楕円である為) すると毎日毎日の
時刻の単位が異なることになってしまう。そこで実際にはこの平均を取って使用した。
これが平均太陽時である。
ところが、この「平均」自体が長い年月の間に少しずつ変化して行く。そうすると 普段の生活においては、そんなに差障りが無いにしても非常に精密な時間概念を必要 とする仕事(主として近年の科学技術的研究とその応用分野)ではかなりの不便を 生じる。
そこで、現在では時間の単位は次のように定義されている。
1秒=セシウム133原子の基底状態の2つの超微細単位(F=4・M=0 及び F=3・M=0) の間の遷移に対応する放射の9192631770周期の継続時間。
この定義は1967年10月の第13回国際度量衡総会で決定された。それ以前は 1956年の「1900年1月0日12時における回帰年の31556925.9747分の1」 という定義もあった。
さて、このセシウム云々によって定められた時間を正確に刻む時計のことを原子時計 と呼んでいる。この原子時計は世界各地に幾つも存在しているが、やはり設置条件 等により、微妙な差異が生じる。そこでパリの国際度量衡局(Bureau International des Poids et Mesures)で世界各地の(信頼できる)原子時計を比較総合して、最終的 な原子時を決定することになっている。これを国際原子時(TAI=international atomic time)と呼んでいる。
【恒星時】
さて、訳の分からない(?)時間の定義を見たあとで、今度は普通の日常生活とは少々 異なる時刻体系の説明をする必要がある。
恒星時(sidereal time)とは、太陽時と同様の考え方で、1つの恒星が観測地点に おいて子午線を通過してから次に通過するまでの時刻として導入される。しかし、 「恒星」は多数ある為1個1個の恒星毎の恒星時は微妙に異なる。そこで実際には 春分点の子午線通過によりこれを定義する。
春分点という概念自体仮想の点であるから、視春分点を使う考え方と平均春分点を 使う考え方が成立する。前者により定まる恒星時を視恒星時、後者により定まる 恒星時を平均恒星時という。
実際の恒星時は、春分点の時角(子午線からの角度を1周=24時で表したもの) として定まる。
恒星時と太陽時を比較すると、太陽は1年かかって天球を1周するので、恒星時と 太陽時は1年間累積するとほぼ1日ずれることになる。実際には1平均恒星日を 太陽時で表現すると23時間56分4秒になる。(高校の地学の中間考査/期末 考査によく出る問題 ^^ )
さてさて、恒星時も太陽時と同様、観測する場所によって異なる。ずれかたも太陽 時と「同様」である。このため、グリニッジにおける地方太陽時0時の時のグリ ニッジ地方恒星時と、同じ日の明石における地方太陽時の0時の時の明石地方恒星 時は、大変近い値になる。(ということが理解できれば、恒星時というものの性格 を理解していることになるのではないか?)
【世界時】
ここでやっと一般に「グリニッジ時刻」と呼ばれている「世界時」を説明する事が できる。(天文学というのは、何と回りくどいものなのであろうか!)
さて、世界時(Universal time) にも、UT0,UT1,UT2,UTCと呼ばれる ものがあるので、順に説明して行く。(普通に考える範囲では、これらを全て混同 して使用して差し支えない。)
UT0 は 観測地点における地方平均恒星時(LMST=Local Mean Sidereal Time)から UT0 = LMST - λ - αM + 12時 で得られる。ここにλは観測点の経度、αMは平均 太陽の赤経である。
当然UT0は観測点によって異なるので、これに地球の極運動による経度変化に相当
する時間補正 Δλ を加える。そうするとどこで観測しても一定の時刻が得られる。
これをUT1という。
ところが、このUT1は季節によってかなり変動する。すなわち、地球の自転速度が 季節によって変動している。そこでこの補正項Δs を加えて、年間を通して平滑化 された時刻体系を得る。これをUT2という。
さて、このようにして定まった世界時は恒星時から導かれる時刻ではあるが、実際 には太陽時とかなり一致することを期待して定義されている。で、UT0,1,2 と出て来た訳であるが、実際に時報などに利用されているのは? というと、実は それはUTC(協定世界時)と呼ばれるものである。
協定世界時は、実は原子時計により定められている時刻である。これは当初はUT2 と0.1秒以内の差を保つように決められたが、どうしてもうまく行かない為、現在では UT1と1秒以内の差を保ち、かつもうひとつの原子時計であるTAIと1秒の整数 倍だけ異なる時刻体系として運用されている。
この差を保つ為に、時々「閏秒」というものが導入される。これは12月か6月の 末日(第1優先)、3月か9月の末日(第2優先)、どうしても必要な場合は任意の 月の末日の最終秒の後に1秒を追加又は引き抜くことにより実行される。
閏秒の時期を決定しているのは国際地球回転観測事業(IERS=International Earth Rootation Service)の中央局である。
【暦表時と力学時】
ここまで随分色々な時刻体系が出てきたが、実際の天文計算に使うのは、ここで説明 する暦表時(ET=Ephemeris Time)又は力学時(Dynamical Time)である。
暦表時は次のように定められていた。
o1900年の初め近くで太陽の幾何学的平均黄経が279゚41'48".04となった瞬間を起点
とし、この時を暦表時で1900年1月0日12時とする。
oこの瞬間における回帰年の31556925.9747分の1を1秒と定義する。
1984年からこの暦表時にかわる体系として採用されたのが力学時である。これは
次のように定められる。
oTAIで1977年1月1日0時0分0秒を力学時で1977年1月1.0003725日とする。
o力学時の1日は平均海面における原子時計による秒の86400倍とする。
この定義により、力学時(正確には地球力学時:TDT:Terrestrial Dynamical Time) はTAIと正確に0.0003725日(32.184s)異なる体系ということになる。
一般相対性理論によれば、時間の流れは場所によって(重力の大きさが違う為)異なる から、これを太陽面において同様の定義を考えた場合、地球力学時とは異なった力学時 の体系が得られる。これを太陽力学時(TDB:Barycentric Dynamical Time)という。
TDBとTDTの関係として理科年表には TDB=TDT+1.658ms・sin(g)+0.014ms・sin(2g) という近似式が紹介されている。ここにgは月−地球重心の平均近点離角である。
なお、暦表時と力学時は一応継続しているものとみなされる。