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←↑→ こよみの読み方(44) 方違えの実際


さて、この方違えの実際ですが、どのように行っていたのでしょうか?

方違えの対象となる神については今まで述べてきたように次の5つがあります。

   天一  同じ方角に5〜6日留まる
   太白  毎日方角が変わる
   大将軍 3年同じ方角だが、5日単位の遊行あり
   金神  1年間同じ方角に留まる
   王相  王も相も1月半同じ方角に留まる。続けて来るので結局3ヶ月
       間ひとつの方角がふさがる。

  (ただし金神については必要かどうか異論が多かった)

この内、太白のように毎日方角を変えてくれる神はいいのですが、例えば天
一の場合5日間同じ方角がふさがってしまい、その間ずっとその方向へ移動
できなかったら、その移動方向が職場と自宅間・自宅と愛人宅間などに該当
していた場合非常に不便です。

そこで実際には天一神がその方角へ遊行する最初の日に方違えをすればその
後5日間はもう問題ない、とされました。

大将軍・金神・王相などのように長期間居座る神については1回方違えした
だけではその期間ずっと有効とまではいえないとして、その期間中何度も方
違えをしています。

この原理は大雑把に言えば次のようになります。

  ■自宅(本所)からどこかへの移動、また工事などの方角忌避の場合
    ・各神が遊行する最初の日に一度方違えをする
    ・その後数日間は毎日行う。
    ・一定期間たったら又行う。

  ■自宅以外の場所(旅所)から自宅以外の場所への移動の場合
    ・各神が遊行する最初の日に一度方違えをする
    ・一定期間(大将軍は45日、王相は15日)たったら又行う。

つまり、出先から出先への移動ではそんなにうるさくないが自宅が絡む場合
は、より念入りにやる必要があった訳です。ところがしばらくすると、ここ
で一つの便法が生み出されます。

つまり、自宅より出先の方が忌の掛かり方が軽いのであれば「自宅」をどこ
か差し障りのない場所に移してしまえばよいではないか、という考え方です。

そこで平安時代の貴族は何をしていたかといいますと、各神の遊行する日の
前日の夕方、どこか方角的に差し障りのない場所へ移動しそこで一晩過ごす
ことにより、そこが「自宅」であると神様に対して宣言します!

【新しい方違え】

     普段の住所−−−−−−−>いつも移動する方角
       |          ・工事する場所
       |
       |
       |
     「自宅」

例えば自分がいつも住んでいる家から例えば毎日仕事をしに行く宮中の方角
が西にあり、その年は西に大将軍が来て方違えの必要が出てくるとします。
その場合、節分の夜にどこか、例えばその住んでいる家から北の方の適当な
場所に行き、そこで一晩過ごします。するとこの一泊によりそこが「自宅」
(本所)である、と神様は思ってくれる訳です。

そして立春の朝いつも住んでいる所に戻る訳ですが、そこは「自宅」ではな
く「出先」な訳で、方違えは45日に一度行えば済むことになります。

この「自宅」にしてしまう場所として貴族たちが使ったのは一般にお寺で、
このため平安時代の後期にこの方式の方違えが流行するようになるとともに
京都のお寺はどんどん立派になっていったようです。

そして春分の日とそこから45日単位、15日単位の日には京都中で貴族たちの
大移動が見られました。この大規模な方違えが行われた日が結局は15日単位
で来る24節気ということになります。




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