4つの暦

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4つの暦

私たちは4つの暦を使っています。新暦・旧暦・中暦・節暦です。

中暦とは何か

新暦と旧暦の中間ということで「中暦」という言い方をします。これは新暦を1ヶ月遅れで運用するもので、お盆は本来7月15日の行事であるのに、多くの地域で8月15日に行いますし、七夕も本来7月7日の行事なのを8月7日に行う地域がかなりあります。雛祭りも3月3日ですが、4月3日にする地域があります。

このようなことを行うのは、元々旧暦でおこなってきた行事をそのまま新暦で行うと季節感が合わないためです。お盆はやはり夏の盛りの8月15日でないと雰囲気が出ません。しかも戦後の日本では8月15日は終戦記念日でもあり、先祖の霊を迎え祭るのにひじょうに適切な日になっています。

七夕の場合も7月7日では梅雨の真っ最中で、雨ばかり降っており、これでは織姫と牽牛はデートできません。梅雨も明けた真夏の8月7日のほうがデートするにはふさわしいです。

ほかにも本来9月の行事である「おくんち」が10月や、遅い所では11月に行われたりしています。

旧暦とは

いわゆる「旧暦」というのは江戸時代まで運用されていた太陰太陽暦の系統に属するものです。この暦では月が朔(新月)になる日を1日と定めます。朔から次の朔までの時間(朔望月)は約29.5日なので、1ヶ月の長さは29日または30日になります。29日の月を小の月、30日の月を大の月と言います。

月は地球の周りを回っていますが、地球も太陽の回りを回っています。そのため、月がもし一定の速度で地球の周りを公転していたとしても、地球自体が回転していくため、朔望の周期は季節によって変動します。更には月の公転軌道自体が太陽からの重力の影響で変化して行くため、その規則を知るのはひじょうに難しいです。

古来より、天文方・暦方の仕事・労力は、それを厳密に計算することに傾けられて来ましたし、どの時代にも計算の天才がいて、その能力の一生を掛けて、天体計算をしていました。

「旧暦」の正体

江戸時代に行われていた太陰太陽暦は公的なものでしたが、明治6年に我が国ではグレゴリウス暦が採用されたので、現在利用されている太陰太陽暦は公的なものではなく、民間で勝手に計算して発表しているものです。そのため、出版元により暦の内容が異なるということもしばしば発生しています。

ただそのような民間の暦を発行している所も、多くの所はお互いに合わせようとしている感があり、基本的には下記のような方法で暦の計算を行っています。

これが江戸時代の暦だと、首都である京都の時刻を使用していました(明治維新での東京遷都以降、日本標準時が定められるまでの間は、東京時刻で暦が計算されていました)。1日の境界がいつかというのは、実は様々な説があり、現代でも 0時を取る流儀と、「子の刻」の開始時刻である23時を取る流儀とが存在するので、新月が23時30分に起きたりすると、両者の流儀で朔日の日付が1日異なることになり、その後1ヶ月にわたり旧暦の日付も違えば大安・仏滅などの六曜も異なることになります。

ただ実際に民間で出ている暦がお互いに違うという場合、流儀の違いによるものより、単純に「計算間違い」というものの方が多いように見受けられます。

東洋占術の暦もたいていこの方式で計算されていますが、紫微斗数だけは中国標準時を使用しています。ただ、中国時刻を採用して、23時を日の境界に採用すると、中国で23時というのは日本で0時なので、結局日本時刻で0時境界で計算した暦と同じものになります。

二十四節気とは何か

太陰太陽暦は、月の満ち欠けに合わせて月を定めるため、1ヶ月の長さは29.530589日(1朔望月)になり、12ヶ月で354.367068日となって、1年の長さ365.2422日に足りません。そのため時々閏月を入れて月の名前と季節感があまりずれないようにするのですが、この時、基準にするのが二十四節気(節暦)です。

二十四節気(節暦)とは、完全な太陽暦で、太陽の運行(地球の公転)に合わせて年間に24のポイントを定めています。基本的に1年を時間で24等分した「恒気(平気)」法と、太陽の黄経で24等分する「定気」法がありますが、いづれにしても、1年を規則的に24分割しています。

そして例えば立春は1月節、立夏は4月節、立秋は7月節、立冬は10月節、などと定まっているので、太陰太陽暦の月名もこれを基準にして定めるのです。その時、本来の規則としては、各々の節月の中心である中気がどこに入っているかで月名を決めます。

1月節の中気である雨水が入っている太陰暦の月(朔望月)があれば、それを1月と定め、2月節の中気である春分が入っている太陰暦の月があれば、それを2月と定める、というようにするのです。

つまり太陰太陽暦を定めるには、太陽暦である節暦がベースにあることが必要なのです。太陰太陽暦というのは、月(month)を月(moon)に合わせ、年を太陽に合わせた暦であるとよく言われますが、むしろ太陰暦と太陽暦を併用した暦であると言った方がよいくらいです。

ただこれが時刻を正確に24等分した「恒気」法ならうまく行くのですが、江戸時代末期に唐突に採用され、現代の「旧暦」でも踏襲している「定気」法だと、二十四節気の間隔が季節により伸び縮みするため、つじつまが合わなくなることがあります。その場合は仕方無いので「適当に」月名を定めることになります。

(2013-01-11)

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